つまらない党首討論でも意味ある点はある

 枝野氏が書いているとおり党首討論は「聞かれてもいないことをだらだらだらだら時間を潰し、あるいは聞かれていないことを答えて、答えたふりをする。」総理相手では意味がない。しかしながら、支離滅裂の総理発言でも考えようによっては大きな意味があるような気がする。

 枝野氏は3つの質問を行った。本当はもっと多くの質問をしたかったのだろうが、だらだらと意味のない言い訳を総理が続けたため時間が切れたのだ。最後の総括さえ出来なかったのだ。

 一つ目は有名な総理も国会議員も辞める発言だ。賄賂が条件だと最近言い出したのかとの問いだ

 首相は始めから賄賂が前提と言ったので変わっていないと主張した。

 国会での発言は議事録に載っていることだ。枝野氏はすべて調べてあると言ったが、追求する時間はなかったのだろう。少なくともテレビの報道では賄賂の話など無かったし、首相も何度も繰り返す中で修正も強調もしなかった。だから急に変更したと思う。
 第一、賄賂をもらう場合ならばわざわざ答弁に入れるまでもなく、犯罪者となって首相も議員も辞任することになる。発言の意味はないのである。
 それよりもこの件は議事録と照らし合わせて首相の主張が虚偽であることが証明できるのではないかと思う。それこそが否定できない恥さらしになるのではないかと言うことである。

 2つめは夫人の秘書の問合せである。

 首相は制度の問合せであって関与ではないという。同時にゼロ回答だったから関与ではないという。

 ゼロ回答とは口を滑らしたものだと思う。多くの場合何かの要求をしてそれが全く受け入れられないときに「ゼロ回答」という。この言葉を使ったのは制度の問合せではなく制度を適用してくれとの要求であったとの告白だと思う。
 当然これから追求すべき点である。

 3つめは加計学園の面会捏造事件である。

 首相は民間のことなのでコメントする立場にないという。

 首相は今まで面会をしていないと主張し、面会をしたと称するものについてコメントする立場にないとしてきた。事実認定について他者の文章などについてコメントする必要が無い場合は当然ある。だが面会があったとする明白な捏造については、公的機関としてはそれを正す義務がある。質問はそれを問うたものだった。
 首相がコメントする立場にないと言えば、それは責務放棄を示しているか、その責務に当たっていないすなわち「私は総理ではない」と言っているに等しい。

 この発言は支離滅裂を完全に逸脱している。これからこの発言の真意を追究する必要があるだろう。


 実に下らない党首討論であったが、新たな火種を作ってくれたことに感謝できるのではないだろうか?

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