これは表現の自由への挑戦なのか

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」での展示をやめるとニュースで見たが、表現の不自由展・その後全部と聞いて驚いた。
大村知事は中止の理由について「観覧者に安心、安全で楽しく見学してもらうため判断した」と説明した。像の展示について、県には2日までに計約1400件の抗議の電話やメールが寄せられた。脅迫的な内容のものも多く、2日朝には「ガソリン携行缶を持って行く」などと京都アニメーションの放火殺人事件をほうふつとさせるファクスも届いた。実行委は県警などにも相談したが、差出人は不明という。毎日
 ここでは抗議は像の展示に対してだとなっている。もしそうならば像展示を中止すればいいことだ。
 攻撃の対象が慰安婦像なのか表現の自由なのかは実は大きな違いだと思う。

 もう一つ重要な単語がここで登場している。それは警察だ。憲法では表現の自由を保証している。したがって日本国家はそれを守る義務がある。暴力を行うとして脅迫したものに対して、その脅威を排除するのは警察の仕事だ。差出人は不明だなんて何の仕事もしていないではないか?
 無論警察だってすべてを防ぎきれるものではない。緊急避難で中止することも必要だ。だが、警察はこれで終わらせるのか?きちんと捜査をして脅迫罪で逮捕送検するべきだろう。それを生暖かく見守るべきだろう。

 そしてそれを助長しているごとき主張を看過していいのだろうか。
河村氏は芸術祭が、名古屋市も経費を負担し文化庁も関与する公的な催しだと指摘。慰安婦を象徴する少女像の展示は「『数十万人も強制的に収容した』という韓国側の主張を認めたことになる。日本の主張とは明らかに違う」と話した。

 河村市長は2日、展示中止を求める抗議文を大村秀章愛知県知事に出した。共同
 芸術か政治的主張かは見解の分かれるところだ。芸術祭だから芸術ではない政治的主張を展示するべきではないとの議論はある。だが政治的主張が気に食わないから中止というのは明らかな表現の自由への侵害である。市長のすることか??

 しかもこうなっている。
中止を求めていた実行委員会会長代行の名古屋市の河村たかし市長は3日、「やめれば済む問題ではない」と述べ、展示を決めた関係者に謝罪を求めた。同上
 会長は愛知県知事の大村氏だ。その代行が関係者に対して要求すれば自分に抗議してはいないか?実行委員会には名古屋市観光文化交流局長 渡邊正則氏が委員として入っている。こちら
 そして芸術監督の津田大介氏はこんな風に言っている。
●展示内容についての行政の責任についてどう考えるか
展示内容の決定については、まず芸術監督がテーマを決定し、そのテーマに沿って作家の選定を行うことになっています。順番としては、ほかにもさまざまな作家を選んでいる中で、表現の不自由展(実行委員会)を提案し、キュレーター会議で協議を重ね、一作家として表現の不自由展という過去のグループ展が参加することが決定しました。表現の不自由展の趣旨については、県庁の関係部署や、施設側でも説明し、展示した際に起こりうるリスクについても事務局や県民文化局と調整してきました。

あいちトリエンナーレの企画をどのようにするかは芸術監督に一任されています。そして県の事業として、またたくさんの作家が関わる展覧会として、様々な確認や承認を経てそれぞれの企画が実現しています。こちら
 一任されただけではなく、いろんな調整さえやっている。芸術監督が非難されることなんて全くない。その調整相手に名古屋市が含まれていることは明らかではないのだろうか。

 今回が緊急避難で決定されたとして、このまま放置してはならない。
展示中止となった「表現の不自由展・その後」の実行委員会は3日、芸術祭の実行委に対し「主催者自らが弾圧する歴史的暴挙。戦後日本最大の検閲事件となる」との抗議声明を出した。毎日
 法的手段も検討しているらしい。その論点は緊急避難は正しかったか、犯罪捜査は適切に行われているか、憲法順守義務に首長は違反していないかなどだと私は思う。
 そして国民はこの事件を忘れてはならない。

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