G20夕食会挨拶の問題はエレベータだけではない

 G20夕食会挨拶でのエレベーター発言が問題になっているけれど、あの挨拶の問題はそんなものではない。
「皆様、改めてようこそ大阪にいらっしゃいました。ここ大阪は、4世紀頃に仁徳(にんとく)天皇により都に定められ、その後商業の町として発展してきました。こちらから
 4世紀というけれど、歴史学的には仁徳は倭の五王の一人とされている。それは5世紀のことだ。では4世紀はどこから来るのか?それは紀元2600年と同じ世界のことだ。
 当時の天皇は在位百年に近い天皇が多い。それは2倍年歴とされている。そういった年歴を足し合わせていくと神武即位がbc660年になる。仁徳は313年から399年4世紀になる。これは戦前の史観だ。首相の発言としては不適切だ。こちら参照

 都に定めるというけれど何か法律を作ったのか?そんな明確な史実は記載されていない。これも不適切。
大阪のシンボルである大阪城は、最初に16世紀に築城されました。石垣全体や、車列が通った大手門は、17世紀始めのものです。
 大阪のシンボルは大阪城なのだろうか?上の引用で商業の町と自身が言っているではないか。江戸時代の各都市にはお城がある。それは支配していた藩の居城である。だが大阪には江戸時代のほとんどを通じて天守閣はなかったのである。秀吉が大阪城を作り江戸初期に徳川天守閣が消失するまでのごく短い時代しか天守閣はなかったのである。現在の大阪に天守閣があり、それが現代の大阪のシンボルになっているかもしれないが、それほど単純な話ではない。
 ここでいう16世紀の城は秀吉のそれであり、17世紀の城は徳川の作った城である。こちら参照
150年前の明治維新の混乱で、大阪城の大半は焼失しましたが、天守閣は今から約90年前に16世紀のものが忠実に復元されました。しかし、一つだけ大きなミスを犯してしまいました。エレベーターまで付けてしまいました。
 明治維新の中で慶喜が退去した後かなりの部分が焼失したようだ。
 だがもう一回焼失した事件があった。それはアメリカ軍の無差別爆撃の時だ。京都は破壊しなかったが大阪は破壊した。その歴史は語らなかった。
 90年前の復元は大阪市の主導で行われた。確かに秀吉の城を再現しようとしたが、鉄筋コンクリート作りは忠実に再現というだろうか?外見は忠実に作ったに過ぎない。この議論は今名古屋の市長がしている。ついでに言えば費用は市民の寄付で行われた。
 だから、首相が自分(国家)の手柄のように言うのは間違っているだろう。ついでに大阪市のミスを非難するなんてもってのほかである。

 完成時にすでにエレベーターは確か4階まであったと思う。それは外から全く見えないものであり、鉄筋コンクリートの建物にしたらエレベーターをつけることは忠実に再現することの妨げにはならない。
 だからミスという言い方さえやめればここの表現は可能なのだ。こういえば良い。「しかし、エレベーターをつけたのは忠実な復元からは少し離れたことだったかもしれません。」
その大阪城を間近に望むこの場所で、先ほど日本が誇る3名の演者が、皆様のために心を込めてそれぞれ舞い、演奏、そして歌を披露していただきました。
 夕食会の会場は大阪城の敷地内であるから、大阪城は望めない。これは天守閣と言わなければならない。不正確な日本語である。

 最後にこれはあいさつの問題ではないが、ここまで大阪の話できて、食事の時の酒も大阪産日本酒と河内ワインにするのに、なぜ大阪ではない舞、演奏、歌を見せるのか?
 日本には総合芸術である歌舞伎があり、東京だけではなく関西歌舞伎もある。それより、大阪には浄瑠璃があるではないか。維新が嫌ったからそれは出せないというのかもしれないが、これぞ大阪というべきものであり、極めて残念であった。

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