年金制度について思うこと

 年金カット法案か年金安心法案か言葉遊びだけをマスコミは報道する。自民党も目前は年金を減らす、カットすると言い、その後安心となると言う。両方正しいことであって、どちらを強調するかだけなのだからこれこそ不毛の論争だ。それよりも、日本の年金をどうするのか、真摯に議論して欲しいと思うのだが、そんな雰囲気すらない。

 年金は古くからあった公務員の恩給が起源だ。恩給は掛金なしにもらえる給料の一部のようなものだ。今は共済制度になり、給料の一部ではなくなっている。
 戦後民間企業に勤めるものに厚生年金を作り、民間企業の人気をあげた。さらに自営業の人に何もなかったので国民年金を作った。これらは掛金が必要である。

 私も新しい人間ではないので、長年掛金を払ってきたが、それが上の世代の年金支払いのためだったとは知らなかった。本当にそんな概念だったのか今も疑問に思っている。

 次世代のための掛金が支払われているのなら、最初の年金受給者は自身が掛金を出さなくても、後の世代がくれるわけで、丸儲けだ。逆に最後の年金受給者は払ってくれる人がいなくなってもらえなくなるわけで、これが究極の世代間不公平ではないのだろうか?
 実際最初の国民年金受給者は税金で払われたとされている。また厚生年金も現役労働者に掛金を要求し、定年後支払われるのだから、その間の掛金は貯まっているはずなのに、次世代からもらう勘定だという。その掛金はどこに行ったのだろうか?

 実際厚生年金の金は有り余っていて、厚生年金会館があったり、よく分らない豪華なリゾートがあったり、潤沢に使ってくれたものだ。それ故に資金が枯渇し、「おまえたちから預かった金を払うのではない。文句を言うな」としているものだと想像する。

 かつては利子率が相当高かったから、国に預けても自分で運用してもそれほど違いはなかった。安心の最大の点はインフレの際だ。物価が高くなっても年金がスライドしてくれれば、自身で運用して金を握っているより安心というものだ。年金の価値はそれしかないはずなのだ。

 利子率はほぼゼロになっている。にもかかわらず年金は掛金の何倍ももらえると宣伝している。そんな計算は前提条件を誤魔化さないと出来るはずもないのだ。年金財政が不足しているから、機会を見つけては削減をしようとする。それを続ければそのうち年金は無くなってしまう。政府はそれを狙っているのだろうか?

 もう一つ考えておかないといけないことがある。それは生活保護だ。老年になってから生活保護を受けるつもりならば、年金など掛けなくても何の問題もない。国民全部がそう考えれば、年金制度は即崩壊する。
 こういった事を思えば年金制度はすでに崩壊していると言わざるを得ない。

 根本的な議論をすべきである。以下に私の案を書いてみる。
 国民年金は廃止し、生活保護に一本化する。ただし老年期の生活保護はその用語を使ってはならない。恩給でも年給でも何でも良い。その原資は税金とする。
 厚生年金は廃止する。自身が積み立てて年金化する事も可能だし、それを国が行う必要は全くないと思う。基礎的な政活は生活保護で可能だから、それ以上のものは自分で考えればいいことだ。

 年金を急にやめるわけにはいかないから、すでに徴収した掛金相当分を年金として別に支払うことにする。無論猶予期間、準備期間は十分に取るべきだ。
 その間を利用して税制度の準備もするべきである。

 誤魔化し続けた年金制度は官僚の不作為なのだろう。それにメスも入れずにまともに答弁もしない内閣、そんな状況でも議論は尽くしたと強行採決をする与党、表面的な人気取り議論ばかり行う野党、つまらない話題ばかり報道するメディア、全部まとめて国民をバカにしている。

 トランプではないけれど、おまえたちはクビだと叫びたい。

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この記事へのコメント

2016年11月30日 17:15
25年以上の加入期間を短縮して、どうしようというのか?全くわからない法案。
生活保護は、財産もなく生活できない人を対象。
年金は財産があろうがなかろうが支給される。
性質が違うので、年金を税金で何とかはやめてほしいと思います。年金を清算すると、国債が破たんするかも。

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