NHK番組改変訴訟:「不当判決で大変残念。日本の司法に失望」と私も思う

 NHKが社内で政治の影響を受けて改変したかを調査し公表すると言った事件。事実の公表が曇りがちだった原因が同時に進行していた裁判のせいだった。その裁判が最高裁まで持ち込まれていたが、ついに決着した。
 しかしその判決は不当判決であり、かつ異様な判決だ。

「取材対象者の番組内容への期待や信頼は原則として法的保護の対象にならない」との初判断を示した。その上でNHK側に200万円の支払いを命じた2審・東京高裁判決(07年1月)を破棄し、請求を棄却した。団体側の逆転敗訴が確定した。
小法廷は「憲法が定める表現の自由の保障の下、番組の編集は放送事業者の自律的判断に委ねられる」と指摘。取材対象者の「期待・信頼」が法的に保護され得るのは、取材に応じることで著しい負担が生じ、取材側が「必ず取り上げる」と説明したような極めて例外的な場合に限られるとし、団体側の主張を退けた。毎日
 判決文はここで読める。
 「番組の編集は放送事業者の自律的判断に委ねられる」とあるように、放送事業者の責務がこの判決の根拠になっている。
放送法は,「放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること」等の原則に従って,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全な発達を図ることを目的として制定されたものである(同法1条)が,同法3条は,「放送番組は,法律に定める権限に基く場合でなければ,何人からも干渉され,又は規律されることがない。」と規定し,同法3条の2第1項は,「放送事業者は,国内放送の放送番組の編集に当たっては,次の各号の定めるところによらなければならない。
一公安及び善良な風俗を害しないこと。二政治的に公平であること。三報道は事実をまげないですること。四意見が対立している問題については,できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」と規定し,同法3条の3第1項は,「放送事業者は,放送番組の種別及び放送の対象とする者に応じて放送番組の編集の基準(以下「番組基準」という。)を定め,これに従って放送番組の編集をしなければならない。」と規定している。これらの放送法の条項は,放送事業者による放送は,国民の知る権利に奉仕するものとして表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることを法律上明らかにするとともに,放送事業者による放送が公共の福祉に適合するように番組の編集に当たって遵守すべき事項を定め,これに基づいて放送事業者が自ら定めた番組基準に従って番組の編集が行われるという番組編集の自律性について規定したものと解される。
このように,法律上,放送事業者がどのような内容の放送をするか,すなわち,どのように番組の編集をするかは,表現の自由の保障の下,公共の福祉の適合性に配慮した放送事業者の自律的判断にゆだねられているが,これは放送事業者による放送の性質上当然のことということもでき,国民一般に認識されていることでもあると考えられる。
 簡単に言えば「放送では不偏不党の内容にするので偏った内容を取材しても不偏に戻す。それは国民は認識しているはずだ。」ということ。
 このポイントの一つはこの規定は放送のみであること。出版等では使えない論理である。
 もう一つの話は期待や信頼がどのように生じるかだ。
放送事業者又は制作業者から素材収集のための取材を受けた取材対象者が,取材担当者の言動等によって,当該取材で得られた素材が一定の内容,方法により放送に使用されるものと期待し,あるいは信頼したとしても,その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならないというべきである。
 取材担当者の言動等によって期待が生じても法的保護の対象にならないと言う。
 こういった例を下敷きにしていると思う。
 「あのスーパーでは特定の時間に商品をただで持って行ける」と期待したがそうではなかった。それは法律的にも有る話ではなく国民一般も了解している。
 あり得ない話をして騙しても罪にならないというが本当なのだろうか。結果的には嘘であっても本当らしく話をして利益を得ればそれは詐欺ではないのだろうか。国民的に認識されていれば、認識できない人間の自己責任なのか?

 判決はこうも言う。
もっとも,取材対象者は,取材担当者から取材の目的,趣旨等に関する説明を受けて,その自由な判断で取材に応ずるかどうかの意思決定をするものであるから,取材対象者が抱いた上記のような期待,信頼がどのような場合でもおよそ法的保護の対象とはなり得ないということもできない。
 この説明からは、期待や信頼に反した場合、応じた取材内容の放映拒否が出来ると解することが出来るのではないのだろうか。
 判決文はこのあと”必ず”説明通りにすると言った場合は考慮しないといけないとする。“必ず”を強調する。損名も言葉の綾だろう。


 これは屁理屈だ。いや屁理屈以下の異様な論理だ。日本の司法の実力に失望するばかりだ。


 新聞では、
2審は「安倍晋三前首相(当時は官房副長官)らの発言をNHK幹部が必要以上に重く受け止め、意図をそんたくして当たり障りのない番組にすることを考え、改変を指示した」と指摘したが、最高裁はこの点について判断しなかった。毎日
 判決では事実認定は変更無くされている。ただ判断はスルーされた。
キこの間の同年1月25日,Y 1の平成13年度予算案が総務大臣に提出された。Y1においては,この少し前から,総合企画室の担当者らにおいて,与党3党所属の国会議員の一部に対して個別に予算説明を行っていたが,その中で,本件番組について,4夜連続で本件女性法廷をドキュメントで放送する番組である旨のうわさが流れていることが判明した。そして,同月29日にO及びPらがR内閣官房副長官と面会した際に,Oが,本件番組について,本件女性法廷は素材の一つであり,4夜連続のドキュメンタリー番組ではないと説明をしたところ,同副長官は,従軍慰安婦問題について持論を展開した上,Y1がとりわけ求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した。
 政治家の関与について個人を特定した形で最高裁が認定したことは実は大きな事ではないのだろうか。それに対するコメントがまたぼけている。
また、番組をめぐり「政治的圧力を加え番組内容を改編させた」と朝日新聞の報道で指摘された安倍晋三元首相は「最高裁判決においても朝日新聞の報道が捏造(ねつぞう)であったことを再度確認できた」とコメントした。産経
 何故このコメントを他紙は報じないのだろうか。日本のマスコミにも失望する。

 ちなみNHKはこんなコメントを出している。
(報道資料)
平成20年6月12日
NHK広報局
きょうの最高裁判決について
 きょうの判決は、どのような内容の放送をするかは、放送事業者の自律的判断にゆだねられており、取材を受けた側が番組内容に特定の期待や信頼を抱いたとしても、原則として法的保護の対象とはならないことを明確にしたもので、正当な判断であると受けとめています。
 最高裁は、NHKの主張を認め、「編集の自由」は軽々に制限されてはならないという認識を示したものと考えます。
 NHKは、今後も、自律した編集に基づく番組制作を進め、報道機関としての責務を果たしていきます。
 これはこう読むのだろう。
取材の際、番組の趣旨については嘘をつくので信用しないように。政治家の意見は聞いても自立していると強弁します。
もはやマスコミではないでしょう。

ちなみに表題は
一方、原告らは東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見。バウネット共同代表の西野瑠美子さん(55)は「不当判決で大変残念。日本の司法に失望した」と判決を批判。産経
からとりました。
感謝:不当判決!~NHK番組改編事件で最高裁が歴史に汚点を残す判断   ヤメ蚊 さん

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この記事へのコメント

ロケットの夏
2008年06月13日 20:57
>「編集の自由」は軽々に制限されては
ならない・・・
これを盾に取るなら、どんな編集で
番組の趣旨を曲げてもそれは放送者の
自由、と解釈もできますね。
もうNHKには以前ほど期待してな
いし、民法のほうが舌鋒鋭かったり
して、近頃のNHKは煮え切らない
報道が多すぎます。
ついつい、古館一郎の報道ステーション
の方に行ったりしてしまいますが・・・。
2008年06月13日 23:28
ロケットの夏 さん
続編を書きました。
古館氏はやや目線が低く、あおりが強いですね。成長を期待するのみか?
ロケットの夏
2008年06月14日 03:17
古館一郎は良くも悪くも「青い」のだ
と思う。そこに期待もするのだけれど、
彼の成長を望みます。
通りすがり
2008年08月02日 09:40
失礼します。

NHKをはじめとした報道機関が行政に影響を受けた報道をする姿勢についてはさておき、

こと司法が取材を受けた側の報道期待権などを憲法で保証するなどといった判決を下すのは逆に危険とは考えませんか?
それは報道機関を取材を受けた側がコントロールできうることになってしまう気がするからです。

戦争時の報道の価値観に退行してしまうと思うのですが、、
こと私人においてはテレビという影響力が強い媒体を介せずに他の手段での様々な表現の自由(意思表明)が保証されているわけですし。
このサイトだってかなり自由ですし。

またテレビは影響力があまりに強くなりすぎ表現の自由のひとつであると思われる「知りたくない自由」に関して難しいですよね。

テレビをつけなきゃいいと言えばそれまでですが。
2008年08月02日 20:15
通りすがりさん
コメント有り難うございます。しかしながら普通のHNをつけて、次回からはお願いします。
 単に期待する報道期待権と明らかな説明内容から期待する物はやはり違うのでしょう。
 取材される側の思い通りにはならないでしょうが、取材する側の思い通りもやはり危険ですね。戦時報道は後者の例の方が多いと思いますが。
それと「知りたくない自由」より深刻なのは「知られたくない自由」だと思います。
カタカナサヨク
2008年11月21日 12:53
いっそ、最高裁は、横浜事件の全審理を、NHKですべて、生放送してみればいいのに。そうすれば、裁判員制度や最高裁への理解も深まる可能性があると思いますよ。

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