新年最初の記事

 長らく書かなかったのだが、病気をしたわけでもなく、書くことがなくなったわけでもない。気に入らないことは山ほどあっても、全く改善の兆しもなく、イライラが募るばかりの日々であった。

 今日、よくぞここまで言ってくれたと、感謝感謝の記事を見た。新聞社のHPではまだ見れないので、デジタル化したものを引用したい。

 松尾貴史のちょっと違和感の最新版だ。説明責任 果たさにゃ開かぬ新時代 少しはすっきりした。

 その冒頭だ。
日本の憲政史上最長かつ「最低」「最悪」とみなしている政権が20 20年に年が改まっても続いていることに、新年早々暗たんたる気持ちだ
 私のイライラを言っていただいた気がする。これが新聞に載ったことが重要だと思う。

 以下に全文引用する。
日本の憲政史上最長かつ「最低」「最悪」とみなしている政権が20 20年に年が改まっても続いていることに、新年早々暗たんたる気持ちだが、その「主」は年頭の記者会見でご機嫌麗しく「人生100年時代の到来は大きなチャンスです。意欲ある皆さんは働き続けることができる、生涯現役の社会を作り上げる」などと言っていた。もういいかげんに引退して隠居したいと思えど、年金だけでは生活ができないので元気なフリをして現役として働き続けなければ生きていくことができない人のことなど、まるで眼中にないようだ。つまりは、年金の給付時期を遅らせて高齢者を働かせようという詐術のような物言いではないか。
憲法の改定については、「私自身の手で成し遂げていく考えに全く揺らぎはない」と言っている。総理大臣には、憲法を順順守し擁護する義務があるのに、これほど声高に変えたがっている状態自体が明らかに憲法違反である。しかし記者たちがそのことについて問いただそうとしないのが不思議だ。憲法は主権者たる国民のものなのに、憲法で縛られる権力者の側がそこへ手を突っ込んで変えたがること自体、何を勘違いしているのかと言いたくなる。自民党総裁ではなく、内閣総理大臣として出す年頭所感でも改憲を主張するのは憲法99条違反だ。「飼い慣らされている」メディアも増えているようだけれども、総理天臣の憲法順守・擁護義務違反をマスコミはしっかりと批判すべきではないか。 
自民党が「憲法改正の主役は、あなたです。 」というポスターを作業っているが、この「あなた」は、「私自身の手で成し遂げていく」と繰りす、分の党の総裁を指す言葉だったのか。 見る人にそのところをミスリードさせようといういやらしい演出が不気味だ。 「地球儀を大きく術職しながら」という言い回しも好きなようで、またもや持ち出してきた。 「世界を備職」と普通に言えばいいものを、「地球儀」を傍瞭するのだそうだ。 地球儀を傍職するというのはどういう状態だろう。 足元に置いて見下ろすのか。 1階の真ん中に置いて、2階の吹き抜けから見下ろすのか。 そうすれば、何がわかるのか。 まったくもって意味不明だ。
 「日本の新時代を切り開く一年に」とも言っていた。 この数年間、新時代を切り裂いているとしか思えない彼の「業績」は、その後誰が日本のかじ取りをするのかはわからねど、破壊された組織やルール、モラルを修復するのはただ事では ない。 本当に「新時代を切り開く」つもりがあるのなら、戦前への回帰をやめ、森友学園、加計学園、スパコン、「桜を見る会」などの不正疑惑について説明責任をまっとうに果たして、一刻も早く「 総理大臣も国会議員も辞「めますよ」という宣言を実行に移してくれることが、一番の近道だ。 7日の自民党本部では、仕事始めのあいさつとして任期満了までの在任をほのめかし、「桃栗三年。おかげさまで桃や栗は収穫できた」と言ったそうだ。 本当に収穫があったとしたら、自身と妻の昭恵氏やその周辺のみにもたらされた恩恵であって、多くの国民は較帳の外だ。 おまけに、任期満了まで続ければ、総裁としては合計9年になることを「ユズは九年の花盛り、ユズまでは私の責任を持って、皆さんとともにしっかり大きな花を咲かせていきたい」と垂れ たそうだ。 彼が折に触れて便利に用いる「責圧」という単語がまたも空疎に使われ、ユズの花に自身をたとえるというナルシスティックなあいさつだったようだ。 「ユズ」どころか「桜」についての説明責任すら果たす気配がみじんもないのだが、一刻も早く一枚残らず散っていただきたいものだ。 (放送タレント、イラストも)
2020/1/11 毎日夕刊

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