国民民主党代表は立憲民主党会派に加わらないつもりらしい

 国民民主党は衆参双方で会派統一を申し入れると報道されている。これは立憲民主党の提案とはかけ離れている。会派統一ではなく会派に加わるなのである。もう一つは政策に理解協力することが必須であることだ。この点についてはメディアも国民民主党も無視をしているが、今後立憲民主党がどのような態度に出るかだ。

 そういった中で国民民主党代表の玉木雄一郎氏が改憲について書いた。玉木雄一郎氏は少し前に右寄り動画に出て思い切り憲法改悪派であることをアピールしたから、この議論は生暖かく読んだものだ。その表題は自衛権の範囲を縛る「護憲のための改憲」目指すだ。

 安倍自民党の言う自衛隊を書き込む議論に反対するのは恐らく一致する点なのだろう。だがそれにまつわる話に入っていくと、少しずつ見えてくる。
問われてきたことは、自衛権に基づいた自衛隊の武力行使と戦力不保持を定めた9条2項との整合性だ。これを整理しない限り、違憲論争は消えない。
 個別的自衛権は否定されていないとの説もあり、2項との整合性は現政権でも消化不良だ。だがこの話は違憲論争なのだろうか?この言葉を使った瞬間、政権与党との距離が詰まる。
一方、護憲派にも限界がある。9条を変えるなと言い続ける一方で、多くの党は必要最小限の実力組織としての自衛隊は合憲だとする。憲法の条文と実態の差を埋めるという意味では、これも解釈改憲の一種だ。
 先ほども言ったように護憲派だけの問題ではない。これは憲法解釈であって、解釈改憲ではない。

 そしてこれが論を展開するキーだ。
私は集団的自衛権についての憲法解釈を変更した閣議決定(2014年)で、9条をとりまく世界は変わったと思っている。9条を変えない、と言うだけでは公権力の乱用を止めることができなかった。そのことに真摯(しんし)に向き合うべきだ。
 権力の乱用を止められなかった原因は権力が憲法を守らなかったからだ。憲法を守らない権力を阻止できない三権分立の空洞化があり、国民意識の低下が問題だ。9条を変えないなんて関係ない話にするのは考えられない。
武力行使をめぐっては、権力を縛る明文規定が憲法に必要だというのが私の考えの根幹だ。自衛権の範囲に制約をかける観点からの議論を進めていくべきだ。いわば「護憲の理念を実現するための改憲」が必要ではないかという問題提起だ。
 この議論は多くの人が賛成する話だろうと思う。だが実際に自衛権の範囲を明文化したとたんにそれの解釈改憲が始まるのだ。例えば武力行使は領土内に限ると書いたところで、日本が領土と主張したところで武力行使ができてしまう。この議論は本当に難しいのである。

 だからこんな議論は論外なのである。
武力行使の新旧3要件を基礎に条文に書き込めば、解釈改憲の余地を著しく小さくできる。ベースは旧3要件だが、安全保障環境も変わってきているので、少し柔軟性がある書き方を模索してもいい。

 形式的には同盟国に対する攻撃であっても、時間的、空間的に我が国に対する武力攻撃とみなせる範囲であれば自衛権の発動ができるような書き方にしてはどうだろうか。
 この話は集団的自衛権の話になっている。国民は憲法に詳しくないと思っているのかもしれないが、だましだ。
例えば、米艦と自衛隊艦船が一緒に航行しているところを攻撃された場合、たまたま最初の着弾が米艦だったとしても、自衛隊艦船が攻撃されるのは明らかなので、着弾する前でも反撃できる。個別的自衛権で説明できる範囲だ。
 この議論は安倍晋三がやっていた話で、既に同じ土俵に立っている。こんなものが個別的自衛権で説明できるはずもない。

 どこに護憲があるというのか?この時期にこんな議論を示すのは立憲会派に加入しないと宣言したものだろう。玉木雄一郎氏は参加しないとして、ほかの議員たちはどう考えるのだろうか?代表に一任するなら答えは明白なのだが、どうするのだろうか?

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