「反知性」と反「反知性」

 感じ一文字で表すと何とかだが、今の時代を表す言葉は反知性であることは間違いないと思う。

 日本の国会では質問に対しはぐらかして答えたり、質問と関係ない主張を答えとしたり、マスコミがそれを噛み合わないと称したり、国会が反知性となってしまっている。
 モリカケ問題では、答えにもならない嘘のような答弁をそのまま通し、その答弁をした人間が栄転をする。どこに知性があるのだろうか?

 アメリカでは多くの人が危ぶむ大統領が就任したり、その人にとことん迎合する「同盟国」の首相がいたりする。あるいは敵対しているはずだが、反知性では良いコンビと言える指導者もある。その国がその国の国民に行うプロパガン他を一生懸命流す日本国の政府系メディアもある。
 アメリカの大統領は国連への反対を思い切り表明し、多くの国を脅迫した。日本がここで初めて知性を発揮して反対したのは奇跡的であった。

 総選挙では多くの政党が憲法改正などを含め反知性を思わせたものだが、立憲民主党が唯一反反知性を見せた。国民はそれを支持していくことだろう。

 折しも連続ドラマ陸王が終了した。多くの理不尽な状況の中で情熱を貫く物語。それを国民が支持する。国民にまだ反反知性が残っていることが読み取れる。まだ希望があると考えたい。

この記事へのコメント

ましま
2017年12月29日 20:19
戦後若者にもてはやされた雑誌はアメリカの『リーダースダイジェスト』日本語版でした。
その後国産の『知性』しいう雑誌も出ます。
主な読者層は高校生・大学生で、飢えていたものに飛びついた感じでした。
2017年12月29日 22:23
現在のアメリカはトランプに代表される反知性なのでしょうが、ハリウッド映画もその大半が反知性と言って良い。ただ知性の不足より人間の感性の不足をより感じる。
 昔のアメリカはあこがれも含め良よさげに見えていたのかとも思ったり。しかし、本当に勢いのある良い物だったのではないかと最近思い始めました。書かれている雑誌を私はよく知りませんが、そう言った良い物だったのでしょう。

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