オリンピックと戦没者追悼と靖国

 同時に並行的に行われているもの。そこに一つの流れを感じてしまう。
 
 靖国はいつもの通り、大勢の国会議員たち、そしてゴマすり閣僚の参拝。総理大臣名おっと今回は自民党総裁名だったか私費での納め。彼らはいつものごとく次なる英霊を欲しているようだ。

 戦没者追悼の場では、総理大臣が反省も加害も口にしなくなった。戦争の犠牲になった人の恩恵で我々は生きていると、死者をたたえてばかりだ。ここでも新たな死者が国家に貢献すると言わんばかりだ。

 オリンピックは国家あるいは国民を代表して参加しているという人がいる。マスコミは民放も政府代弁放送もメダルの話ばかりだ。彼ら選手は国民あるいは国家の期待を受けて、国を代表してメダルを獲得すべく戦場に派遣された兵士のごとくだ。
 メダルなしでは帰らせないなんてのはメディア受けのするコメントだ。選手も微妙な空気をかぎ取っていることだろう。

 次の戦場は東京オリンピックだと言う。
 ただ、その方がまだましだと言える。アメリカ軍のケツを追いかけて世界を走り回るよりはよっぽどましなのだ。

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