今さら小保方 晴子氏でも無いのだが

 小保方 晴子氏の博士論文が取り消しになり、コメント文が出たそうだ。弁護士が出したとする映像もあったが、まだやっているのかと、驚いてしまう。

 報道ではこんな事が。
「当初から不合格を前提とした手続きだった。私の研究者の道は不本意にも門が閉じられてしまった」と嘆きつつ、「今回再提出した博士論文や関連データを年度内をめどに随時公開する」と結んでいる。
 あるいは
修正論文を再提出したのに審査教官から「博士として認められないのは業界の反応を見ても自明ではないか」と言われたと明かし、「社会風潮を重視した結論。不合格を前提とした手続きだった」と非難した。
 記者が引用しやすいところなのでしょうが、あまり理科系らしくないところだ。

 コメントの全文が報道されているので末尾に引用しておく。

 コメントの中で特記的なところだけ先に引用する。
私は、学位論文について、実質的な審査対象論文と異なった初期構想時の論文を誤って提出したことに対し、論文訂正と再度の論文指導を受ける機会を与えて頂きました。
 切り貼りだとか言われていたと思うが、それは今も「誤り」と言っているようだ。しかも自信のある「実質的な審査対象論文」があるのなら、それを堂々と提出すれば良いだけだと思うのだが。
昨年、総長からは、指導過程および学位授与の審査過程に重大な不備・欠陥があったとの理由から、猶予期間を設けて論文訂正と再度の論文指導を受ける機会を与えるとし、これが適切に履行された場合には取り消さず学位を維持する、とのご決定を戴きました。私はこれに従い履行したにも関わらずの今回の決定には失望しています。
 「適切に履行」したと主張するのだろうか?指導過程があるはずなので、そこで明らかではないのだろうか?
前回の学位授与は、私の在学中に研究活動を指導し研究の進ちょく状況等の報告をさせて頂いていた教官の先生方らによって、正式な審査過程を経たうえで授与されたものです。しかし、今回の同じ研究科における再度の審査過程では、今回の修正論文は博士に値しないとされることは、前回の授与時判断と大きくかい離する結論であり、指導過程、審査過程の正当性・公平性について大きな疑問があります。
 前回の審査は正式だが、データーの評価に問題があった。今回それをただしたら結論が乖離しただけだ。結論が変われば正当ではなくなるのだろうか?理科系らしくないおかしな論理だろう。

 上記の記事にもある部分。
不合格の理由においても、審査教官から「博士として認めることのできないのは一連の業界の反応を見ても自明なのではないか」とのコメントがあり、学術的な理由とはかけ離れ、社会風潮を重視した結論を出されたことは明らかです。
 記者の引用は適切だったようだ。
 「業界の反応」は学術的な理由ではなく社会風潮であるなんて、どうやったら出てくるのだろうか? 業界とは新聞業界なのだろうか?通常同じ研究をやっている業界を言うと思うのだけれど。
また、今回の修正作業は、入院中、加療中での修正作業となり、思考力・集中力などが低下しており博士論文に能力を発揮できる健康状態ではないとの診断書を大学に提出しておりました
 指導に伴い履行したと主張したはずなのに、病気で出来なかったという。何とも言えない論理。
博士論文の骨子となる内容はSTAP研究の足掛かりとなった研究成果であり、理研で行われた検証実験においても一定の再現性が認められているものです。
 正しいというのなら堂々とデーターを持って主張すればいい。大学が却下した理由は分らないが、再現性を問題としているのか、研究成果の大きさを問題にしているのか、そこを書かないと主張にはならない。現在でも「再現性」を主張するのは、データーでの説明がうまくいっていないと思ってしまう。
今回再提出した博士論文や関連するデータは年度内をめどに随時公開して参る所存です。
 なぜ今公開しないのだろうか?年度内と言えば何ヶ月も先だ。どんな駆け引きを考えているのだろうか?

2015年11月2日

       今般の早稲田大学の決定について

                           小保方 晴子
 私は、学位論文について、実質的な審査対象論文と異なった初期構想時の論文を誤って提出したことに対し、論文訂正と再度の論文指導を受ける機会を与えて頂きました。このため、大学設置の調査委員会によって指摘された問題点をすべて修正して論文を再提出したところ、このたび、前回の授与時判断と異なった結論を出されました。

 昨年、総長からは、指導過程および学位授与の審査過程に重大な不備・欠陥があったとの理由から、猶予期間を設けて論文訂正と再度の論文指導を受ける機会を与えるとし、これが適切に履行された場合には取り消さず学位を維持する、とのご決定を戴きました。私はこれに従い履行したにも関わらずの今回の決定には失望しています。

 このような経緯の下での今回の判断は、総長のご決定の趣旨及びその背景にある大学調査委員会報告書のご意見に大きく外れるものであり、学位規則の取消要件にも合致しないものであると思います。

 前回の学位授与は、私の在学中に研究活動を指導し研究の進ちょく状況等の報告をさせて頂いていた教官の先生方らによって、正式な審査過程を経たうえで授与されたものです。しかし、今回の同じ研究科における再度の審査過程では、今回の修正論文は博士に値しないとされることは、前回の授与時判断と大きくかい離する結論であり、指導過程、審査過程の正当性・公平性について大きな疑問があります。

 今回は、修正論文提出前から、担当教官によって、「今回は合格する可能性はとても低い」と伝えられ、不合格の理由においても、審査教官から「博士として認めることのできないのは一連の業界の反応を見ても自明なのではないか」とのコメントがあり、学術的な理由とはかけ離れ、社会風潮を重視した結論を出されたことは明らかです。また、今回の修正作業は、入院中、加療中での修正作業となり、思考力・集中力などが低下しており博士論文に能力を発揮できる健康状態ではないとの診断書を大学に提出しておりましたが、ほぼ6年前の米国に保存されている研究資料を提出することなどを求められ、しかも厳しい時間制限等が課されるなど、心身への状況配慮などは一切なされず、むしろそれが不合格の理由にも採用されました。

 修正論文提出後、「審査教官とのやり取りは始まったばかり」との説明を受けましたが、一回のやり取りだけで不合格の判定をされ、それに対する私の意見も聞く耳を全く持って頂けない状況でした。これでは、当初から不合格を前提とした手続きであり、とても不公正なものであったと思います。この点については、大学にも改善をお願いしましたが、残念ながら聞き入れて頂けませんでした。

 博士論文の骨子となる内容はSTAP研究の足掛かりとなった研究成果であり、理研で行われた検証実験においても一定の再現性が認められているものです。

 博士論文執筆当時、この研究が広く役立つ研究に成長していく事を夢見て日々を過ごしていました。私の研究者の道は不本意にも門が閉じられてしまいましたが、いつか議論が研究の場に戻る日を期待し、今回再提出した博士論文や関連するデータは年度内をめどに随時公開して参る所存です。

                                    以上

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