通信・放送法制統合・・・警戒を要する

 今日の新聞にあった記事。
通信・放送法制統合:一本化へ議論開始 規制拡大など--総務省審議会 毎日新聞 2008年2月26日 東京朝刊
 記事は端的に指摘している。
これまで原則自由だったインターネット上のホームページなどのコンテンツ(情報内容)も有限希少な電波を利用する「放送」と区別せず、ともに「社会的影響力」の大きさに応じて段階的に規制する。新聞社や通信社による記事のネット配信も規制対象となる可能性がある。総務省は2010年の通常国会に法案を提出する構えだが、「表現の自由」との関連で議論を呼びそうだ。
 総務省からの諮問が2/15にあった。「通信・放送の総合的な法体系の在り方」の情報通信審議会への諮問だ。ここには刺激的な内容はない。
 総務省は通信・放送の総合的な法体系に関する研究会の報告に沿って議論するように言っている。
 その内容は通信・放送の総合的な法体系に関する研究会 報告書のポイント通信・放送の総合的な法体系に関する研究会 報告書で読める。

 その内容の一部(16ページ)
この観点から、広義の通信は他者に対する意志・観念の伝達という一種の表現行為であること、また、プライバシーの保護という観点からも、私信など、相手が特定されており公然性のない通信については、内容はもとより発信者・受信者の氏名や通信時間等も含め、通信に関する全ての事項について通信の秘密を引き続き最大限保障すべきである。
一方、放送コンテンツを含めた公然性を有する情報通信コンテンツについては、受信者が不特定であることから、社会との関係、特に他者の人権との関係で、表現の自由に関するごく例外的な制約に服さざるを得ない。情報通信メディアは、不特定の者に瞬時に動画や音声を伴う映像を通じて視聴される点で、他の印刷メディア等とは異なる社会的影響力を与えることができる。このようなメディアを用いて、例えば性表現、名誉毀損的表現、あるいはプライバシーを侵害する表現が無制限に不特定の者に発信された場合、性道徳の維持や私人の名誉・プライバシーの保護といった重要な価値を損なうおそれがあり、両者の衝突を調整するための規律が必要となる。
その際、憲法上の「表現の自由」との関係では、名誉毀損、わいせつ物、犯罪のせん動など、表現活動の価値をも勘案した衡量の結果として違法と分類されたコンテンツの流通は、そもそも表現の自由の保障の範囲外であり、規律することに問題はないとする見解が一般的である。また、有害コンテンツの流通についても、有害図書に関する青少年保護条例による認定基準が最高裁で合憲とされていることを踏まえれば、明確かつ必要最小限の規律の対象とする余地はあると考えられる。
 簡単にまとめれば
 狭義の通信は私信であり、通信の秘密は守られなければならない。放送やインターネットは不特定多数が受信し、印刷メディアより大きな社会的影響を与える。違法なコンテンツは現状でも(印刷物でも)規制されているから、放送でもインターネットでも規制する事が適当である。
 こんな所である。違法なものを流通させてはいけないから、この議論は正しい。

 現在の放送に対する規制を述べる。
放送はこのような「特別な社会的影響力」にかんがみ、番組編集に当たっての①公安及び善良な風俗、②政治的公平性、③報道の正確性、④論点の多角解明といった準則に従うべきこと等の規制が課されている。
これはこの通りなのだが、さらに
「放送」の規律の枠組みは今後も「特別な社会的影響力」を持つメディアコンテンツに対する規律のモデルとしての役割を果たしうると考えられる。
 と言ったときにインターネットに「政治的公平性」を導入する事になる。

 現在の先進国の国民の状況として、テレビのほうが新聞や印刷物より影響力が大きい事は一般的だろう。日本の放送局は新聞社の系列が多いが、その存在は新聞社からは独立していると見るほうが正しいだろう。しかしながらその収入が大企業からの広告収入で占められていることから、独立からは程遠い状況だろう。権力からの圧力も、特に安部政権のときに顕著だった事も記憶に新しい。
 NHKにいたっては、政府の代弁をするように強烈な圧力を受け続けている。テレビは政権からすればほぼ手中に入っていると、私は考える。

 一方インターネットは情報の発信者が不特定多数になりうる点で画期的なメディアだ。動画の投稿も一般的になりつつある現在では、政権が制御できないメディアであり、成長を続けている。政権としては対策が必要なものだ。
 ちなみに中国ではインターネット規制は十分なされている。アメリカでもテレビへの圧力をブッシュがかけたとか、google隠しなどが噂されている。

 放送法での政治中立性は、有限の電波を使用するため、つまり数少ないチャンネルであるがゆえに、例えば右の主張の強いチャンネルとか、左のそれとか、多様なチャンネルを用意できないから、中立的な数少ないチャンネルで運用せざるを得ないと言う状況のために設けられたと理解している。
 今の解釈は「特別な社会的影響力」があるからとしているが、論理のすり替えだと私は思う。またデジタル化によりチャンネル数は飛躍的の増大するから、今までの理屈が成り立たなくなる事も理由かもしれない。
 違法なわいせつ物などのコンテンツをクローズアップする事により、政治的主張を封じ込めようと企むものだと思う。

 
 こういった動きを判定するに当たっては、私信と比べるのではなく、印刷物(本、新聞など)と比べる必要がある。
 印刷物で違法なものを出せば、当然違法であり規制される。しかし、政治的主張は規制されない。情報通信が不特定多数に開示可能であろうとも、強制的に見せるものではなく、受信者の意志に基づき見るものだから、印刷物と同じ規制であるべきものだ。
 報告書では「表現の自由」を強調しているが、印刷物よりきつい規制をかけるのなら、それは表現の自由を侵していると断定したほうが良いだろう。


 この動きはきわめて危険な動きだ。国民はこの検討がどう推移するか注視が必要だ。また民主党以下の政党がどのような態度をとるかも同様である。

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この記事へのコメント

2008年02月27日 21:17
同感です。単に言論の自由を奪う問題だと思います。ただ、インターネットの悪用(わいせつ物や自殺サイトや犯罪請負など)を制限する法律は必要だと思います。
2008年02月28日 00:09
一般人 さん
インターネットの悪用を制限する法律は確かに必要ですが、その法律を悪用すればプロバイダーに圧力をかける事も可能になることもあり得たりして。
放送に対する総務省の介入(捏造番組に対して)に現れた事が示しているのではないですか。
2008年02月28日 12:15
そうですね。プロバイダーへの圧力の可能性はありますね。放送に総務省の介入は問題ですね。自由という権利と自由を得るために必要な義務。最近はこのバランスが崩れていますね。義務を果たさず、好き勝手な自由を主張する一部の人が増えたことで変な方向へ法律が向かうのは嘆かわしい限りです。
2008年02月28日 23:44
一般人 さん
仰るとおりですね。
ロケットの夏
2008年02月29日 22:07
大手マスコミが決して手を出さないような
情報が(やけどするからでしょうか)
ネットでは手に入りますし、知らない同士
での情報交換も可能です。
これも、やはり規制対象になるんでしょうか。

2008年03月01日 00:16
ロケットの夏 さん
それも狙いの一つでしょうね。

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