小沢の論理について その一憲法との関係

 小沢の論理についてあれこれ考えていた。まだ完全な結論を得ているわけではないが、当面の整理を行う。
その一  憲法との関係
その二  国連との関係
その三  国際貢献
と三つに分けることと今はしておく。

 まず、小沢の言うマグナカルタの文章を引用する。
7.自衛権の行使は専守防衛に限定
日本国憲法の理念に基づき、日本及び世界の平和を確保するために積極的な役割を果たす。自衛権は、これまでの個別的・集団的といった概念上の議論の経緯に拘泥せず、専守防衛の原則に基づき、わが国の平和と安全を直接的に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合に限って、憲法第9条に則り、行使する。それ以外では武力を行使しない。
政権政策の基本方針
 自衛権の行使を専守防衛とするくだりだ。憲法条文の素直な解釈から見ればこれも違憲なのだが、解釈憲法で自衛権はあるとされてきた。憲法策定過程からみて、自衛権を剥奪する議論はなかったとも言われ、私はこの解釈でいいと考えている。
 この文章で「憲法第9条に則り、行使する。」とある所は変だと思う。「憲法第9条に則り、それ以外では武力行使しない」が正しいのだと思う。
 この部分はあまり問題の無いところだ。

8.国連平和活動への積極参加
国連は二度に亘る大戦の反省に基づき創設された人類の大いなる財産であり、これを中心に世界の平和を築いていかなければならない。

国連の平和活動は、国際社会における積極的な役割を求める憲法の理念に合致し、また主権国家の自衛権行使とは性格を異にしていることから、国連憲章第41条及び42条に拠るものも含めて、国連の要請に基づいて、わが国の主体的判断と民主的統制の下に、積極的に参加する。
 これが問題の箇所だ。
 まず「憲法の理念に合致し」は、憲法の前文に書いてあると言われる。前文を再度見てみよう。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 この文章を何度も読んでいたら、私の目には当時の焼け野原の町が浮かんできた。さらに、日本が遠く太平洋のかなたまで軍隊を派遣し、現地の人を支配し、何人かを殺害し、さらに多くの兵が死んだ事も浮かんできた。それは平和でもなく、人間相互の不信であり、公正や信義もなく、専制や隷従、圧迫や偏狭のあった世界だ。
 自虐史観といわれるかもしれないが、日本が行った過ちを二度としないとの決意が見えてくる。ここで見える国際社会での日本の役割は平和を乱さない事だと思う。

 「国際社会における積極的な役割を求める」と言うが、軍隊はすべて武装解除され、経済は完全に崩壊していた日本が、国際社会で積極的な役割を果たせると想像できるだろうか?

 現在の日本が経済大国になり、その力を国際社会で発揮すべきだと言う論には、賛成だ。しかしこの前文の趣旨から言えば、日本は平和的な貢献をすると読むのが自然な読み方だと私は思う。
 そう読めば九条2項の内容と合致してくる。


 「また主権国家の自衛権行使とは性格を異にしていることから」と書かれている。これが、国連決議に基づくものは自衛権行使論議と性格が違うから合憲と言う部分だ。憲法九条を引用する。
第2章 戦争の放棄 
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 九条1項はパリ不戦条約と同じだ。
第一条
 締約国は、国際紛争解決のため、戦争に訴えないこととし、かつ、その相互関係において、国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言する。パリ不戦条約
 日本もパリ不戦条約に調印していたが、中国侵略は日華事変で戦争ではなく、太平洋戦争は自衛戦争としていた。条約を調印していた他の国も戦争をしている。これだけでは戦争は防げないから、第2項があると理解するのが自然だ。
 
 戦力を保持しない条文があるにも拘らず、急迫不正の侵害を受けた場合の自衛権と言う例外を設けたため、1項の戦争以外の交戦権を認めてしまった。憲法制定時に連合国が懸念した「前項の目的を達するため」が拡大解釈された形だ。このため国際貢献、国連決議に伴う戦力行使を否定する根拠が薄弱となっている。

 国連決議による平和維持は国家の政策の手段としての戦争を意味しないし、国権の発動でも無い。小沢氏は憲法に合致していると言う。
 
 私は平和維持軍にて武力を行使することは憲法に合致しないと考える。その違いは九条の読み方ではなく、前文の読み方の違いだと思う。前文の精神は人類相互の関係から戦争、武力を排除しようとしているのであって、平和のための武力行使とは相容れないと思う。

 国際貢献を今後どのようにするべきかは、次回以降に考えたいが、あの時代に制定された憲法が平和維持軍を支持しているとは考えられない。

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