イヴ・モンタンを知っていますか?

 イヴ・モンタンは原語ではこう書く、YVES MONNTAND。日本でも人気のあったフランスの歌手であり、映画俳優であった。詳しくは知らなかったが、政治的な側面もあったようだ。それを知りたくてこの本イヴ・モンタン―20世紀の華麗な幻影を読んだ。

 イヴ・モンタンはフランス人だと思っていたが、イタリア人だった。1921年にイタリアのモンスマーノに生まれた。その後マルセーユからパリに移った。

 手元には古いシングルレコードがある。定価350円。エトワール座のイブ・モンタンから「指揮者は恋をしている」と「闘うジョー」だ。このレコードは私が買ったものではない。これらの曲は本当に初期の曲だと本に書いてあった。 
 イヴ・モンタンと言えば「枯葉」が有名であり、もう一つ持っているCDの題名も枯葉だ。

 イヴ・モンタンは多くの映画に出ているが、私が知っているのは「恐怖の報酬」だけだ。恐怖の報酬を手に入れ上機嫌で車を運転する顔が、その直後に起こることを知っていれば何とも痛々しい表情に見えてくる。大昔に見た思い出深い映画だ。


 さて、フランスでは社会主義や共産主義は日本とは比べものにならないほど社会に定着している。イヴ・モンタンも社会主義を支持する立場にあり、親ソ連でもあった。
 しかし、ハンガリー動乱やチェコスロバキアのプラハの春などを経てソ連の体質に幻滅していく。
 フランスでは毛沢東も支持を集めたようだ。これも同じく、幻滅に終わった。

 スペインやポーランドの自由を求める戦いを支持したり、ベトナムのボートピープルを支援するなど、実践も行っている。

 1984年1月3日イヴ・モンタンの特集テレビ番組で、イヴ・モンタンが出演し「共産主義的全体主義」ソ連を激しく攻撃した。
 4ヶ月後再びテレビに出演し「平和主義者は”死より赤”といっているのと同じだ。私のスローガンは死でも赤でもなく、ただ自由である。」という。どちらも高視聴率だった。
 また、イヴ・モンタンを大統領にとの声もあったようだ。もし出馬していれば17%の得票を得たとの数字もあった。

 その後冷戦が終了し、世界が新たな混沌の中にはいるにつれて、イヴ・モンタンの政治進出の声はなくなった。イヴ・モンタンは1991年11月9日にこの世を去った。


 私が思うに、彼が求めていたのは「自由と民主主義」であって、社会主義でも資本主義でもなかったのだと思う。「政治家達の不毛の論争はもうたくさんだ」というように、政治や権力の醜い面をその時代を通して見てきたのだろう。

 日本人は「お上は勝手にやって、みんなに迷惑をかけるな、必要な年貢は払ってやる」と考えていたと思っている。明治以降、政治家達は国民に大いに迷惑をかけた。
 イヴ・モンタンの到達した結論も同じなのだと思う。

 政治に期待する事も程々にしなければならない。しかし、政治が我々に迷惑をかけるのなら闘わねばならない。我々は自由であるべきなのだから。
 

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