国会議事堂は必要なのか

 民主主義の教育は小学生の頃だったか学級会で決定をするプロセスとして、受けたような気がする。もっともまともな議題はなく委員の選挙ばっかりだったような気もするが。とにかく、議題について議論をし、その議論を聞いた上でおのおのが判断し手を挙げると言うものだったか。そして少数意見を尊重せよと言うことだったか。
 
 国会では、議案の提出があり、議員達が質問をし、閣僚が答弁する。議員達はその議論を聞いて、おのおのが判断し議案に投票する・・・てなわけはない。

 各委員会ではメンバーも決まっており、長時間審議を行う。しかし、各議員の判断は党によって決まっている。長い審議は何のためにあるのか。

 本会議では委員会の委員長がたいてい報告の仕方を一任され(少数意見などどこにあるの?)、短く委員会の結果を報告する。本会議に出ている全議員は何を根拠に判断するのか?勉強家なら委員会の議論を議事録で読むだろう。しかしそんなことをする必要はない。党から指示が来るからだ。たまに、指示を間違える元首相もいるが。

 昔は答弁がうまくいかなければさすがに恥ずかしくて議案を引っ込めたと思う。
 今は答弁がうまくいかないと思えば、答えない、もしくは質問と違う答弁をする。それでも恥ずかしくないようで、強行採決に向かう。

 あの国会の長い議論は誰が聞くべきなのだ。たまにやる国会中継で国民が聞くべきものなのか。インターネット中継でブロガー達が聞くべきものなのか。
 たまに新聞が議論の一部を紹介する。インターネット中継を聞き直し、記事にしてみるが、その議論によって政治が変わったことはとんとお目にかからない。言いっぱなし、聞きっぱなしだ。

 小学生の記憶でも、これでうまくいくのだろうかと疑問も持ったが、世の中はこうなっていると思いこんだし、国会もある程度品位があったと思う。(昔の議事録を読むと、どこか今と違うと感じる)

 今の国会運営では何を、どれだけ議論しても何の意味もない。最後は強行採決だ。そして、ルール上は何の間違いもない。
 参議院では電子投票をやっているらしい。それを拡大すれば各議員は自宅でも別荘でも外国でもどこにいてもインターネットで投票すればよい。
 さらに言えば、党の指示通り投票するのなら、党がまとめて報告するだけで良い。(元首相の間違えた投票は党によって修正されている)

 議論をする必要もなく、投票もその場でする必要がないのなら、国会議事堂は不必要だ。経費削減として良い案だと思う。ついでに集まる必要がないのなら議員宿舎もいらなくなる。


 議員の力は議席数だけだ。国を守ることに熱心な政治家は多いが、国民を守る政治家を選ばないと国民は守ってもらえないだろう。


 

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