国策捜査ってなに

 最近国策調査と言う言葉を聞く。辞書で調べたらヒットしない。新しい言葉のようだ。

 辞書ではなくWEB検索をすると多くのものがヒットする。その対象とされているのが下記の人たち。
 livedoor事件、外務省佐藤優氏、西村眞悟議員、辻本清美議員、福島県知事、植草一秀氏、村上ファンド、ヒューザー(破産)小嶋進元社長、鈴木宗男議員、内田道雄道路公団副総裁
 これが国策捜査ならイーホームズの社長、岐阜県知事、和歌山県知事、宮崎県知事、共産党のビラ配りなど他にも沢山ある。

 こうした事件の特徴はその罪状の軽さである。そのときのセリフが「社会的にも充分制裁を受けているから」となる。法治国家の現象とは思えない。

本にはこんな事も載っているらしい。
佐藤優『国家の罠
西村検事
「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」
「見事僕はそれに当たってしまったわけだ」
「そういうこと。運が悪かったとしかいえない」(p.287)
わっかnないから
これは著者の記憶による文章のようだ。検事は当然否定するだろう。
 この発言どおりの行為を行ったと言うのなら明らかな憲法違反、人権侵害だ。
こんなものもある
国策捜査とは国家権力の都合のいい捜査にあらず、国民の最大公約数的正義感に沿ったものであるわけです。
Bewaad Instituteより
 法律は国民が投票によりその権力を信託した議員たちによって作られる。政府もその延長線上にあるから国家権力が行う事は国民の意思の延長線上にあるのは当然の事だ。
 しかしそのプロセスは直接的ではない。その間には多くの人間の意志が入るため、国民の意思が実現されているか検証が必要だ。
 その乖離の原因として真っ先に考えられるのは情報が国民に正確に伝わっているかだ。これが担保されない限り、国民の最大公約数的正義感に沿ったものにはなり得ないのである。
 現状を考えた時に上記の論は非常に危険なものであると思う。文章の書き手は霞ヶ関の官僚である。

 さて国策捜査と言うが、国策は誰が立てているのだろう。そして警察には直接指示できる命令系統があるのだろうか。
Wikipediaの国家公安委員会公安委員会日本の警察によれば、
 日本の警察は国家公安委員会、公安委員会のみが警察の指揮権を持つ。委員会の委員は首相、国会もしくは知事、県議会が決定する事になっている。しかしその実態は教育委員会と同じく形骸化しており実権は無い。さらに県の警察も部長以上(警視正)以上は国家公務員になり、その人事は国家公安委員会の権限であるため、公安委員会の権限はその面でも極小化されている。

 これらから、国策捜査は法律に無いルートで指示が出されていることは明白であり、余りにも超法規的な事象である。

 
 国策捜査で取り上げられている罪状は多くのものがちまたに溢れたものだ。ビラ配りなどは商業的なものが数多くなされ、行き過ぎには注意がしょっちゅうされているそうだ。共産党の場合は注意ではなく拘留であり、背後関係の徹底的調査になる。この違いは許される事なのか。
 先日駐車違反でムダ金を払わされたが、これもしょっちゅうなされている事だ。何故私だけがと言う思いが大きい。国策捜査にあった人も始めはそう思っただろう。しかし、そのうち腑に落ちる理由を思いつくのだろう。(私の場合はそんなものは無い。)
 
 昨日の筑紫哲也は知事が何人も捕まっているが、それらの知事は地方行政に意見を持っていた人たちだと言う。ではこの国策とは地方自治改革に関係するのかと思ってしまう。


 淡々と書いてきたが、このようなことが民主国家であって言い筈が無い。健全な市民社会においては市民運動が大活躍すべき事象だ。

 日本の警察はすでにKGBになっていることを示しているのではないのか。 

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