蟻の兵隊に関して

 映画「蟻の兵隊」をやっと見た。映画の内容は「蟻の兵隊を観る会」などを参照してください。
 しかし映画は観なければ分りません。映画館での公開もあるし、自主上映もあります。是非観てください。

 この問題は国会でも何回も取り上げられています。
衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 昭和31年12月03日
参 - 決算委員会 - 閉2号 平成09年07月09日 質問者海老原義彦(自民党)
衆 - 内閣委員会 - 3号 平成11年03月09日 質問者中路雅弘(共産党)

国会会議録検索システムに入って簡易検索を選択後日にちと会議名を入力すれば読めます。

 最初の議事録には「山西軍参加者の行動の概況について」と言う報告書を下に質疑がされている。
委員外の出席者
        厚生事務官 (引揚援護局未帰還調査部長) 吉田 元久君
        参  考  人 (山西地区引揚者) 澄田賚四郎君
        参 考 人(山西地区引揚者)    山岡 道武君
        参  考  人 (山西地区引揚者) 百百  和君
        参  考  人 (山西地区引揚者) 早坂 褜蔵君
        参  考  人 (山西地区引揚者) 小羽根建治君
の発言があります。
澄田賚四郎の発言
○澄田参考人 私は、終戦当時、第一軍司令官として、山西省の太原におりました。日本軍降伏の命令を受けまして、閻錫山の第二戦区に降伏をすることになりました。降伏をすると同時に、私どもの任務といたしましては、当時張家口がソビエト軍のために占領されておりましたために、大同方面の後方連絡線が断たれましたので、この部隊が私の軍の指揮下に入りました。従って、総計軍約六万、これに居留民約三万ぐらい、これらの人数をなるべく多数、できたならば完全に日本内地に帰還せしめるのが、私の任務であると思いまして、できるだけの努力をしました。また私どもといたしましては、特別の事情がない限り、山西側のいろいろ要求、希望があるにもかかわらず、できるだけの人数を完全に復員させるために、あらゆる努力をしたつもりでおります。ただ、私は、十一月になりまして、戦犯の容疑者として、軟禁状態に移されました。自後は、参謀長を当時しておられました山岡君が、私にかわりまして、前述の方針に基いていろいろ苦心指導をされました。
発言は一貫して全員引き上げを支持したと主張しているが、軟禁の身でありながら各部隊を回ったと言っている。総顧問を受けたのは二十三年の七月と言っている。そして閻錫山のはからいで飛行機で帰国したと言う。
 山岡 道武の発言は状況説明ばかりで具体的なことは何も言っていない。
 百百  和氏の発言では本部付をしていたので、特務部隊の編成について具体的に言っている。
 早坂 褜蔵氏、小羽根建治氏の発言では上部の命令として、日本軍の軍服と日の丸を持って戦ったと言う。また居留民も残すようになったとも言う。


 海老原義彦氏の質問の中には多くの証言を引用している。例えば次のもの。
兵庫県の倉内実道さんという方の手記によりますと、毎日の訓話に続き、高邁な留用の大義を訴える格調高い誓詞の奉唱、軍紀厳正、意気軒高、全軍帰還まで犠牲的精神をもって大義に任ずることの情熱と使命感をたぎらせて、いわば朝礼のような夜の集会をやったわけでございます。「残留の理念」に関する講話の後、残留者の意思確認が行われる。帰国希望の者は手を挙げろと。このときの言い方は、実は帰国希望のひきょう者は手を挙げろと。それでこの倉内さんは勇敢に手を挙げたんだそうです。そうしたら、二、三日たってから晩、部屋に抜刀した暴徒がなだれ込んできて、おまえは何だ、心変わりしたのかと大声で問責した。これは殺されちゃ大変だと思って黙って、結局加わることに翻意した。

厚生省の判断に関わる質問。
海老原義彦君・・・この第一軍首脳であった澄田さんと山岡さんの二人の証言だけにのっとって今の厚生省の施策が進められておるというのはまことに遺憾なことでありまして、これが直らぬ限り戦後は直らぬということかと思います。何かこれについて御反論あれば伺いましょう。
○説明員(炭谷茂君) 先ほど来いろいろと御説明をさせていただいたわけでございますけれども、私どもといたしましては、昭和三十一年当時、相当の国会の参考人質疑だけではなく、また、いろいろな方の証言をもとにして妾時の判断がなされたというふうに考えております。
 また、当時の説得工作でございますけれども、当初一万人程度の残留希望者がいたわけでございます。しかし、その後説得に応じて激減し、最終的には四分の一程度に減少しているというようなことから見ましても、説得が行われたというふうに感じているわけでございます。
まったく説明になっていない。

平成11年03月09日の質問に対しても
○炭谷政府委員 ただいま先生のお話の山西軍の関係でございますけれども、終戦時、山西省にいた旧日本軍人の方々は、中国国民政府の山西軍に参加するため山西省に残留した者につきまして、昭和二十八年から二十九年にかけまして厚生省において三百名を超える方々から実情を聴取いたしております。
 そして、その結果を、昭和三十一年に、先生も御引用されましたけれども、厚生省の方から調査結果を報告し、また国会の中でもかなりの長期間かけてこの問題について当時議論がされたところでございます。
 その結果、この報告にございますように、現地召集解除が行われた人は、繰り返しの内地帰還の説得後にもかかわらず、最終的に自己の意思について残留したというもので、軍の命令ではなかったという結論になっているわけでございます。
 戦後五十年以上経た今日において、改めて実情調査を行ったとしても、従前以上に確かな事情把握は困難でなかろうかというふうに考えている次第でございます。
多くの指揮官ではない一般の兵隊の証言は無視した状態のままだ。まったく誠意の無い答弁だ。


 もし残留が軍の命令であり、かつ日本軍の軍服を着て日の丸の下に戦ったと政府が認めるとすると、武装解除するはずの軍隊を国民軍が利用し共産軍と戦った事を認めることになる。台湾政権も迷惑だろうし、中国に対してもうまく無いということだろう。
 しかし多くの証言や、閻錫山が澄田賚四郎に脱出せよとの手紙も残っているし、日本軍の軍服を着て国民軍の帽子を持って写っている写真も残っている。恩給の問題もあるのかもしれないがこれは「残留者」の名誉の問題だ。
 映画に小野田寛雄が出てくる。フィリピンで部下を率いて隠れていた人だ。山西省での澄田賚四郎に相当する人で、奥村和一氏(映画の主役)が対決する場面がある。小野田寛雄の虚勢が虚しく見えた。


 裁判記録が判例検索では何も出てこなかったので、はっきりした事はいえないが、争点は軍歴の長さであろう。すなわち中国での戦闘期間、捕虜期間を軍歴に入れて欲しいと言うものだろう。
「恩給法第5条 恩給ヲ受クルノ権利ハ之ヲ給スヘキ事由ノ生シタル日ヨリ7年間請求セサルトキハ時効ニ因リテ消滅ス」とあるので裁判所はこれをもって棄却をしたものと推測する。

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この記事へのコメント

2006年10月23日 10:23
掲示板の「人生」「我が日本文化」に書いております。
飯大蔵さんの蟻の兵隊に関しても今の日本のありように関った極最近の歴史として大切な事と受止めます。昔の事は分らないけれども生存者の居る歴史は検証可能なのでしょう。
私はこの問題に対して、全く知識が無いので只受止めるのみです。
倉内 仁
2020年10月14日 15:26
山西省残留問題に関する本記事を読んでいて、亡き父倉内実道の証言を見つけ、驚きを感じコメントしています
国会で引用された平成9年当時、父はすでに他界していますが、本ブログで出会えて嬉しく思います
実道は、生前この問題をライフワークの如く捉え、敷地内に慰霊の双塔を建立し、全国から奥村さんはじめ関係者をお招きし毎年法要を営んでいました
無念を払えぬまま黄泉の世界へ行かれたすべての方々のご冥福をお祈りします
ありがとうございます
合掌 倉内仁九拝
倉内仁
2020年10月14日 15:28
山西省残留問題に関する本記事を読んでいて、亡き父倉内実道の証言を見つけ、驚きを感じコメントしています
国会で引用された平成9年当時、父はすでに他界していますが、本ブログで出会えて嬉しく思います
実道は、生前この問題をライフワークの如く捉え、敷地内に慰霊の双塔を建立し、全国から奥村さんはじめ関係者をお招きし毎年法要を営んでいました
無念を払えぬまま黄泉の世界へ行かれたすべての方々のご冥福をお祈りします
ありがとうございます
合掌 倉内仁九拝
飯大蔵
2020年10月14日 18:24
倉内様 コメントありがとうございます。
久しぶりに読み返して、奥村氏の顔を思い出していました。
歴史は重く受け止めなければならないと再び思います。特に近年戦後を忘れよう、そして戦中もまずい所を削りよさげなところだけを強調する世の中。
先人は大事なことを教えてくれていたのだと思います。

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