「過ちは繰返しませぬから」の主語は世界人類

広島にある原爆慰霊碑の文面は、「安らかに眠って下さい/過ちは繰返しませぬから」です。これに対し「原爆を落としたのはアメリカではないか。こんな碑文は間違っている。」と言う論を未だに聞きます。ここにその解説があります。主語は世界人類です。
バーチャル フィールドワーク<広島平和都市記念碑(原爆慰霊碑)>
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世界最初の核兵器による被害を受けた広島市は、戦後、市の再建と被爆者の救援に努力してきました。
国会を通過し、市民投票の手続きをへて、1949年8月6日に公布された広島平和記念都市建設法は、その成果のひとつです。
同法の第一条には「恒久の平和を誠実に実現しようとする理想の象徴として、広島市を平和記念都市として建設することを目的とする」とあります。
この法をもとに、平和記念公園や原爆資料館、平和大橋などの施設が建設されましたが、原爆慰霊碑はその中心にあたるものです。
設計者は丹下建三東大助教授で、1952年8月6日に完成しました。
慰霊碑は、はにわの家型につくられており、犠牲者の霊を雨露から守りたいという気持ちをあらわしています。
そこに安置してある石棺には、姓名の判明した被爆死没者約10万柱(1983年現在)の過去帳がおさめられています。
石棺には、「安らかに眠って下さい/過ちは繰返しませぬから」という碑文が刻み込まれています(碑文を書いたのは被爆者のひとり、雑賀忠義広島大学教授です)。
当時の浜井信三市長は、「この碑の前にぬかずく1人1人が過失の責任の一端をにない、犠牲者にわび、再び過ちを繰返さぬように深く心に誓うことのみが、ただ1つの平和への道であり、犠牲者へのこよなき手向けとなる」と述べましたが、碑文は、この考えをうけてつくられたといわれています。
1952年11月、極東軍事裁判の弁護人であったインドのパール博士はこの碑を訪れて、「原爆を落としたのは日本人ではない。落としたアメリカ人の手は、まだ清められていない」と発言しました。このことがきっかけとなっていわゆる碑文諭争がおこりました。
碑文の主語は誰なのか。誰が過ちを繰り返さないといっているのか。「繰返しませぬから」か「繰り返させませぬ」かといったことが主な論争点でした。
また、1970年には、「碑文を正す会」が、「碑文は犠牲者の霊を冒漬している」として、碑文の抹消・改正を要求する運動をおこしました。これに対して、「誤った民族主義・軍国主義の復活をめざす『碑文改正』は許せない。核兵器使用の悲劇を二度と繰り返さぬという人類の願いと誓いが碑文にはこめられている」とする「碑文を守る会」などの運動がおこりました。
当時の山田節男広島市長も、「再びヒロシマを繰返すなという悲願は人類のものである。主語は『世界人類』であり、碑文は人類全体に対する警告・戒めである」という見解を発表しました。
このため、現在では、碑文の意図するところは、国籍をこえて、この碑の前に立つすべての人間が、自国の間題、人類の1人として、二度と核戦争をしないことを誓うことだという解釈がいきわたっています。
広島平和記念都市建設法は、その第六条に、広島市長の責務として「広島市の市長は、その住民の協力及び関係諸機関の援助により、広島平和記念都市を完成することについて、不断の活動をしなければならない」と決めています。
毎年8月6日の午前8時15分、広島市長が、ここから、全世界へ平和アピールを出しつづけているのは、このためです。
1928年、1年間に広島を訪れた観光客は700万人。慰霊碑の前に立つすべての人が平和をねがう「ヒロシマの心」をもち帰ってくれることこそ、原爆慰霊碑に納められた10万の霊がのぞんでいることではないでしょうか。
原爆が何故落とされたのか、当然日本がアメリカに戦争を仕掛けなければこのようなことは無かった。しかし逆は真ならず。日本が戦争を仕掛けたから原爆が落ちたとはならない。
アメリカはどんな経緯でまたどんな目的で原爆を2発も投下したのだろうか。よく言われるのは本土上陸作戦をするとアメリカの将兵と日本人が多く死ぬのでそれを避けるためだと。
日本が全面降伏するための条件として原爆とソ連参戦が挙げられます。その両方があったからついに降伏したと。ではそのどちらかではどうだったのだろう。実際に原爆だけではすぐに降伏はしなかった。日本はソ連に和平交渉を依頼していたので、ソ連参戦のほうが効いたと考える事も出来る。
ソ連が参戦を急がしたそうだ。早くしないと日本が降伏してしまうことを危惧した。アメリカも同じ事を考えたのではないだろうか。早くしないと原爆本番実験が出来なくなると。
太平洋戦争開戦の経緯とあわせて考えるとアメリカの善意を信じるわけには行かないでしょう。
さてこのような状況で落とされた原爆ですが、世界人類が「過ちは繰返しませぬから」と言う、世界人類には広島市民は含まれます。しかし世界人類にはアメリカ市民、軍人、政治家も含まれます。核兵器を持つすべての国の国民も含まれます。一億総懺悔に近いところもありますが、この場合は違います。日本人は一億総懺悔といわれると俺も悪かったのかなと思うかも知れませんが、世界の人はそんな事は思いません。その人たちに過ちは世界人類、あなたたちも含んだ世界人類が犯したのだというメッセージなのです。
アメリカが堂々と正しい事をやったと言うのに対して、私たち日本人も過ちを犯したが「お前たち」も過ちを犯したという。ナショナリズムの枠を超えた強いメッセージではないか。
もうすぐ記念日です。強いメッセージを心に刻みたいものです。
ラダ・ビノード・パル判事のもう少し長い文章です。ここから
52/11/3ラダ・ビノード・パル判事が碑文に疑問表明。「『過ちは繰返しませぬから』とあるのは日本人を指しているのは明らかだ。それがどんな過ちであるのか私は疑う。ここにまつってあるのは原爆犠牲者の霊であり、原爆を落としたのは日本人でないことは明瞭。落としたものの手はまだ清められていない。この過ちとは、もしも前の戦争を指しているのなら、それも日本の責任ではない。その戦争の種は西洋諸国が東洋侵略のために起こしたものであることも明瞭である。・・・」
「原爆慰霊碑を正す会」のメンバーです。
70/2/11 「原爆慰霊碑を正す会」(以下、「正す会」)発足。岩田幸雄会長。碑文は屈辱的で20数万人の犠牲者の霊を冒涜しているとして抹消を求める。10万人署名運動展開へ賀屋興宣はA級戦犯、法務大臣他、源田実は海軍参謀のち国会議員、児玉誉士夫はロッキード事件で有名 今の日米同盟べったりではない保守系政治家たちである。
76/7/20 「正す会」に荒木武広島市長の名前があり、広島県原水禁が公開質問状。正す会は児玉誉士夫氏が顧問。賀屋興宣、源田実、池田弥三郎等も。
この記事へのコメント
日本国憲法が日本を守って来たのではなく、自衛隊とアメリカ軍であり、GHQが押付けた偽日本国憲法を平和憲法ともてはやしている人間は、能天気か売国奴である。日米同盟は大切であるが、日本の国は、先ず自分達で守ると言う気持ちが必要である。中立国で生き残ってきた国々は、それなりの軍事力を備えていた。スイスなど、一般人が、殺傷兵器を個人で持つ事が義務付けられている。ユーゴはドイツに蹂躙され、東欧諸国は、ロシアに蹂躙された。中立宣言や平和憲法が、国を守ってくれない事は、歴史が証明している。尖閣諸島問題も直近の例である。鳩山元首相や福島社民党党首、赤軍の肩を持つ辻本議員や菅首相、仙谷、小沢、北澤、岡崎議員のような馬鹿もここまでくると、国民への裏切りである。
広島の原爆記念公園にある「過ちは、繰り返しませぬから」の碑について、敗戦国日本では、殆どの人が、日本の反省を促していると勘違いする。作者もそのつもりだったかもしれない。広島の日教組もそう子供たちに教えている。しかし、大量破壊兵器の原爆を使用したのは、明らかに戦争犯罪であり、トルーマンは地獄に落ちている事でしょう。世界の人達へと発せられたそうであるが、聊か誤解を招く文である。戦争に日本が引き込まれた理由はさておき、原爆に対しての日本国民の責任は全く無い。アメリカの実験に使われた被害者でしかないのである。パール判事や多くの外国人が、この碑の文には、疑問を呈している。この事も自虐史観の現れでしょうか。
三好誠氏が、自費にて慰霊碑撤去の宣伝箋を作成してくれた。全国に配布しやうではないか。幾らでも提供。
廣島市議会に、請願・陳情を連射しやう。
「原爆慰霊碑撤去期成同盟」ニヨリ
慰霊碑撤去陳情提出セリ
十七日委員会附託開催。
廣島市議会提出陳情
「原爆慰霊碑即時撤去署名」
総数三佰八十四名
これは日本人が主語が人類だと思えばいいという問題ではありません。
日本人がアーリア人に「過ちは繰り返しませぬから」と言わされていることが問題なのです。
日本人が「(人類が)過ちは繰り返しませぬから」と反省すれば、国際的には日本人が悪いことをしたとみなされてしまいます。
知らない人を皆殺しにし、土地を奪った歴史しかないアーリア人を正当化するための騙しに日本人は引っ掛かっているのです。
日本はアーリア人という強盗からアジアを守るため仕方なしに戦ったのであって日本人のした戦いは「過ち」ではありません。「誇り」です。
あなたは自分の子供を殺す強盗が玄関にきたら子供を差し出して子供が殺されるのを見ているのでしょうか。
「過ちは繰り返しませぬから」は即撤去すべきです。
碑文が「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませんから」となっているのですから、主語は、アメリカになります ですからアメリカ合衆国大統領の名を刻んでこと原爆死没者慰霊碑の碑文が成立します
もし、アメリカの大統領の名を刻めないのであればこの碑文意味のないものになりますから、撤去すべきだと思います
ただ単に、平和を祈ったり誓ったりするのであれば、平和への誓いで良いです