戦争を知らない人のための靖国神社

 タイトルは上坂冬子氏著の「戦争を知らない人のための靖国問題」から頂いています。「戦争を知らない人のための」は戦後60年も経てば殆どの人が入ってしまうので対象が広くて良いですね。さらにいえば、知らない人に話をする事は楽ということですね。
 ついでに本の説明文「戦中と占領下の苦難を知らずして、靖国参拝の是非を軽々しく判断できるのか?無知と偏向を排し、先人への敬意と明快まっしぐらな議論で国内国外を説き伏せる決定版・靖国。 」もそのまま頂いてこのエントリーのキャッチフレーズにしようかな。
 ちなみに私はこの本を本屋で見ただけで読んでいません。

 今まで靖国神社についてはいろいろ書いてきましたが、決定版を書きたくなりました。
 ネットで読める靖国神社の解説に吉田望氏のものがあります。A級戦犯合祀は自らやめるべきである(4月10日改) 
 はっきり言って私のエントリーを読むよりそちらを読んだほうが有益です。と言っておいて、この中で引用をさせていただきます。
 
1.戦前の靖国神社の意味
2.戦後への生き残り
3.戦後の合祀の経緯
4.戦後の靖国神社国家管理への動き
5.現在の政府見解と動き
6.今後どうするべきか、私の考え

1.戦前の靖国神社の意味
 
靖国神社は、明治2(1869)年に明治天皇の思し召しによって、戊辰戦争で斃(たお)れた人たちを祀るために創建されました。「本神社は、明治天皇の思し召しに基づき、嘉永6年以降、国事に殉ぜられた人々を奉斎し、永らくそのみたまを奉慰し、その御名を万代に顕彰(けんしょう)するため、明治2年6月29日に創立された神社である。」と社憲に設立目的を明記しています。当初は「東京招魂社」と呼ばれましたが、明治12年に「靖国神社」と改称されて今日に至っています。
 これの周辺事情として明治の宗教事情があります。明治政府は当初神道を国家宗教と規定し他の宗教を禁止しようとしました。いわゆる廃仏毀釈はその表れです。しかし、国家宗教となると仏教の猛反対があり、列強をバックにしたキリスト教の反対がありました。政府はやむなく宗教を認めると同時に、逆に神道は宗教ではないとしました。神道を天皇の祭事と位置づけ、臣民はそれを当然あがめると言う形です。
 その考えで神社を整理し格付けもしました。靖国神社は格付けの中ではなく別格神社でした。神社は神社本庁の所管でしたが、靖国神社は陸軍と海軍の所管です。
 靖国神社に祀られたのは天皇の為に戦って戦死をした人です。例外は尊王の志士たちです。戦死をしなかった東郷平八郎などは祀られていません。
 祀る目的は上記の社憲にあるように顕彰です。顕彰の意味は「隠れた功績・善行などをたたえて広く世間に知らせること。」です。この場合は政府に招集され戦死した人を、政府が功績を讃え、祀っていると国民に知らせる事です。当然次の召集の支障も少なくなる事でしょう。
 
ちなみに、靖国神社が発表している「靖国神社御祭神戦役・事変別柱数」によると同神社に祀られている人々は:明治維新7,751。西南戦争6,971。日清戦争13,619。台湾征討1,130。北清事変1,256。日露戦争88,429。第一次世界大戦4,850。済南事変185。満洲事変17,175。支那事変191,218。大東亜戦争2,133,760。合計2,466,344柱(平成12年10月17日現在)となっています。

2.戦後への生き残り
 GHQの占領下、GHQは靖国神社の廃止もを考えたそうです。
当時神道は狂信的な愛国心の源泉であると諸外国に考えられており、即座に壊滅させるべしと言う意見も諸外国のみならずGHQ内部にも存在したが、GHQ宗教課は神道を潰すことはかえって日本人の信教の自由を犯すことになるとして、慎重な政策を執ったのである。結局、GHQの宗教政策は、一九四五年十月に、SWNCC(国務・陸軍・海軍三省調整委員会)の国務省代表J.ビンセントが述べたように、「神道が日本人個人の宗教であるかぎり何ら干渉されるものではないが、国家の強制する神道は廃止される。日本人は国家神道を支えるための税金を支払わなくても良くなるし、学校にも神道の付け込む余地はなくなるであろう。川瀬貴也のホームページから
ここでは神道が宗教と考えられていた事が興味深いです。アメリカが日本統治のため天皇を残したことと靖国神社を残したことは、日本占領を円滑に進めるための判断だったのでしょう。
 これにより靖国神社も生き残る為には宗教法人としての道しかなかったということです。

3.戦後の合祀の経緯
 戦死者が少なかったときは順次戦死者を合祀していただろうが、太平洋戦争末期には混乱もあり、多くの戦死者が合祀手続き出来ずに戦後になってしまった。そのため厚生省引揚援護局が「靖国神社合祀事務に関する協力について」と題する通知を発し、都道府県に対して合祀事務に協力するよう指示をいたしました。当時の本来の業務は「戦傷病者戦没者遺族等援護法」と「恩給法」に合致する人をリストアップする事ですが、同時に祭神選考も行ったわけです。
 ここで戦犯問題が絡んでくる。東京裁判について考える。も見て欲しいが、戦犯は国内法としては裁かれておらず、「恩給法」などでは無関係に対象となっている。これには世論が戦犯たちの釈放と法律による援護を求めたこともその要因となっている。
 当時は合祀すればその遺族が儀式に参加する事になっていた。そのための国鉄の旅費を減額する事が国会で議論されている。
 数的に見ればBC級戦犯が多く、世論もその人たちを対象にしていたと思う。当時の人がA級戦犯をどう思っていたかは資料を見たことが無い。
 戦犯が「恩給法」などの対象となった事で自動的に祭神名簿に載り合祀にいたったわけだ。A級戦犯については永らく保留されていたが(1966~)、1978年に合祀をした。
 昭和天皇はこれ以降参拝していない。正式な使いは今でも送っている。

4.戦後の靖国神社国家管理への動き
 GHQが原案を書いたという現行憲法成立後、アメリカは中国の共産化や朝鮮戦争や冷戦の進展により日本に再軍備を求めます。警察予備隊から自衛隊の創設へと向かうわけです。これと呼応していると思いますが、自民党は靖国神社を国家管理とすべく法案を提出しています。
 
1969年6月30日自民党、初めて靖国神社法案(靖国神社を国家管理する法案)を国会に提出。(審議未了廃案)
1970年4月14日 靖国神社法案、2度目の提出。(5月13日、廃案)
1971年1月21日 靖国神社法案、3度目の提出。(5月24日、提案理由説明の後廃案)
1972年5月22日 靖国神社法案、4度目の提出。(6月16日、廃案)
1973年4月27日 靖国神社法案、5度目の提出。(衆院内閣委で継続審議・審議凍結)
1973年12月20日 衆議院議長・前尾繁三郎、靖国神社法案の審議凍結解除。
1974年5月25日 靖国神社法案を衆院本会議で可決。(6月3日、参議院で廃案)
Wikipediaより
過去の国会でも強行採決をすれば成立したはずです。それでもしなかったのは微妙な世論の動きを考慮していたものなのでしょう。

5.現在の見解と動き
 現在政府は靖国神社は宗教法人であると断言しています。A級戦犯の分祀問題や首相の私的参拝でも明確です。

 しかし民間および一部の議員では、靖国神社は国家管理とするべきである、天皇が参拝し行事の時に以前のような中心的位置に立つことを望む声は多い。麻生外相や古賀誠元幹事長も言及している。靖国神社の非宗教法人化

 また別の動きとして民主党の小沢代表はA級戦犯を分祀し、天皇も参れるようにするべきと考えている。自民党内にも同じ考え方がある。

 それとまた別の動きとして、新しい非宗教的追悼施設を作ろうと主張する人もいる。これについて高橋哲哉は次のように指摘する。
国立追悼施設の問題
 無宗教の国立追悼施設にも靖国の論理が入り込む危険性を指摘する。「追悼・平和祈念のための記念碑等施設のあり方を考える懇談会」にある次の文章に注目する。
日本の平和と独立を守り国の安全を保つための活動や日本の関わる国際平和のための活動における死没者が少数ながら出ている。(中略)これらすべての死没者を追悼し
日本の平和と独立を害したり国際平和の理念に違背する行為をしたものの中に死没者が出ても、この施設における追悼対象にならないことは言うまでもない。
この指摘によれば国立追悼施設は新しい靖国神社であり、その性格をきちんと議論しておくべきであろう。
6.今後どうするべきか、私の考え
 靖国神社は明治から太平洋戦争までの戦死者を祀る宗教施設として存続していくべきだ。しかし宗教としての存在が宗教以外の歴史を語ったり、政治的主張をする事はやめるべきだ。
 A級戦犯合祀問題は私にとっては大きな問題ではない。世が世であれば東条英機は東条神社でも作って単独で祀られる存在なのに、一兵卒と同じ存在として祀られている。それだけで生前の功績ではなく、使者を祀る心のままとなっている事を示しているのだろう。参る人が心の中で分祀したければすれば良いだけの事だ。靖国神社が分祀するなら、それはそれでかまわない。
 あの戦争で日本を破滅に導き、近隣諸国に迷惑をかけた責任は別途明らかにしていくべきであろう。死者をいまさら裁いても仕方が無いが、歴史の検証は日本の将来の為に必要だ。
 しかし日本の首相が参拝する事は近隣諸国との摩擦を生むことも事実だ。首相の心の問題であっても、他国からの干渉ではなく日本の国益を考えて自粛をしてもらいたい。参拝したいのなら充分な説明をして納得された形を作ってからにしてもらいたい。それが出来ない人は首相になるべきではない。靖国参拝は政治的要求ではなく心の問題であるべきだ。

 明治から太平洋戦争までの戦死者を祀る施設は靖国神社だけでよいので新しい国立追悼施設は不要だと思う。今後日本の海外派兵などによる死者への対応を論ずるならその前に日本をどんな国にするのかを論じるべきだ。今後の死者への対応はその議論の中で自然に発生する事だ。

 軍人だけではない民間人を含んだ慰霊を毎年戦没者慰霊祭で行っているが、それを恒久設備にするほうが必要ではないか。真に平和を望み、戦没者の慰霊を行うのならその対象も広く適切ではないかと思う。

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この記事へのコメント

silupy
2006年07月17日 02:01
こんにちは。トップでタイトルを見てココに来ました。私も10代なので当然戦争を知らない人間です。現代の日本人の大半がそうだと思います。もちろん知識としては多少は知っているつもりです。
靖国問題はもうここまで来ると単なる意地の張り合いにしか見えません。日本も周辺諸国も大人気ないとおもうのですが…。
靖国問題だけではないですが、戦争の勝敗の影響は絶大ですね。たとえ何年たっていようとも。そんな絶大な影響を及ぼす戦争だからこそ今だ武力行使が行われると思います。
2006年07月17日 08:46
靖国神社に祀られている方は先の戦争で命を落とした方々です。使者に鞭打つ行為は人道精神に反します。その辺の所を中国韓国の人には何故出来ないのか、また靖国参拝の為に毎年騒然となる参拝は英霊の皆様が喜ばれないと思います。国会議員が徒党を組んで参拝する様は極右の集会と同じ参拝していただけるのであれば一般人として参拝するのが常識だと思います。
ゆうし
2006年07月17日 18:10
こんにちわ。

いまいち、何をおっしゃいたいのかよくわかりません。
国益のために止めろとあったり、説明責任を果たしたら認めるといった表現があったりします。
曖昧な感じがして分かりにくいです。
2006年07月18日 11:15
コメント有難うございます。
silupyさん 「戦争を知らない人のための」は知っているものが知らないものに教えてあげるぐらいの意味でしょう。私も戦争を知らない世代なのでそのようなつもりは有りません。
 単なる意地の張り合いではなく何か意図があるはずです。
仰るとおり、戦争は国家の重大事です。どうあるべきか考えていかないといけないのでしょう。
翔龍。 さん いつも有難うございます。死者に対する感覚の違いは説明してもなかなか分かってもらえないのですが、努力が必要なのでしょう。政治家の参拝が英霊を政治的に利用するように見えて不愉快ですね。
ゆうし さん 国益とは相手国と正常な外交関係を維持する事です。説明責任を果たすと言う事は単に説明するのではなく理解されることです。認めるのは私ではなく相手国です。結果としての正常な外交関係が私の望むことです。
 こんな事で分かっていただけますか。

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