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zoom RSS 法的安定性を巡る論理

<<   作成日時 : 2015/07/30 23:39   >>

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 最初に言ったとして問題視される発言。「法的安定性は関係ない」

 首相はこう。「大切なことは、内閣としてどう考えているかということで、法的安定性の重要性について、われわれは、極めて重視していることを閣議決定において、明記している。

 ただこう解説はする。「発言は、平和安全法制を議論していくうえで、憲法との関係とともに、わが国を取り巻く安全保障環境の変化を十分に踏まえる必要があるという認識を示したものだと承知している。そこに疑義を持たれるような発言は慎まなければならず・・・」

 本人の反論「もとより『法的安定性』を否定したものではなく、今日まで、自衛権は『必要最小限度』の範囲にとどまるべきという基準により法的安定性は保たれている。その具体的内容は、国際情勢の変化に伴い、その範囲内で変化するものであることを言ったものだ」

 言いたいことは大体分った。それは法的安定性と具体的妥当性のどちらを重視するかという法律運営の議論のようだ。
法解釈においては、単に具体的事件のみに妥当な結論を導くことができれば足りるものではなく、同種の事件が生じたときにも、同様の結論を得ることができるように客観的に行われなければならない[6]。さもなければ、どのような行為があればどのように法的に判断・処理されるかについて一般人が不安をもつ必要のない状態、すなわち法的安定性(独:Rechtssicherheit; 仏:sécurité juridique; 英:legal certainty)が害されてしまうからである[7]。したがって、法解釈においては、法的安定性を害すること無く、いかにして個別の事案についての社会的正義、すなわち具体的妥当性を発揮するかが最大の課題である[8][註 2](→#立法者意思説と法律意思説)。そして、注意しなければならないのは、法的安定性と具体的妥当性のどちらを重視し、両者をどこで調和させるかは、時代によって[9](→#概念法学と自由法論)、また法律の領域によっても異なってくるということである[10](→#刑法及び行政法における慣習法)。要するに、解釈という論理操作を経ずに意味の明瞭な法は、一つも無いと言ってよい[4]。
 自衛権については憲法での明示がない。だから憲法の制定意志により解釈せざるを得ない。
 しかし、憲法はすべての法律の上位法だから法的安定性は特に求められるはずだ。「極めて重視している」とすることは妥当なことだ。

 その上で憲法解釈を行うとしても「法的安定性は関係ない」は言い過ぎであることは間違いのないことである。反論する前に「関係ない発言」を訂正するとか取り消すとかしない限り、辞任するしかないだろう。

 馬鹿馬鹿しいだろうが言い間違えたとするしかないのだろう。どう誤魔化すかそれぐらい高学歴だから考えられると思うのだが。

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