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zoom RSS 民主主義における多数決と少数意見尊重

<<   作成日時 : 2015/06/13 02:16   >>

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 昔民主主義を学習した時に理解しがたかったのが少数意見の尊重だ。多数決で結論を出した以上はそれに従わねばならない訳だし、そのときの少数意見をなぜ尊重しないといけないのか、経験の少ない子供の頭には理解できないことだろう。

 だがある部屋の中で禁煙を決めたとしよう。少数意見はたばこを吸う人が出したものだ。健康の問題として禁煙が正しいとするのが正論であっても、少数の喫煙者のために喫煙室を作る事がある意味少数意見の尊重であると理解するには、たばこを実際に吸ってみたり人のたばこの臭いで迷惑を被ったり、いろんな経験が必要なことだろうと思う。

 多数決が多数による少数への暴力に成りかねない事を理解することが、このことの前提である。

 さらに例えば徴兵制を多数決で決め、戦争に行きたくない人間を兵隊にすることが多数による暴力になり得る。これについては良心的兵役拒否成る権利が用意されているらしいが、日本ではそんな議論は存在しない。

 戦争法案においても、戦争を仕掛けたら仕返しをされる。戦争反対者が仕返しをされる事に対して、多数者は何らかの配慮をしているのだろうか?少なくとも今の政権は「自己責任」以上の概念は持っていないことだろう。

 
 国会における議論でもこのことは十分に配慮されるべきだと思う。さらに間接民主主義ではもっと事態は複雑だ。

 選挙で代表を選ぶわけだが、国民が選ぶ時に候補者の主張すべてに賛成しているわけではない。ある主張には賛成、別の主張には反対。そういった多くのことを積み重ね、比較検討してある候補者を選ぶ。選挙で示せる民意は非常に情報量が少ない。それが間接民主主義の現実だ。
 例えば今の政権は、民主党の自己崩壊を受け、経済を良くする部分に賛同し、ほかの部分に目をつぶった選択だ。選択肢のない選択、それが今の政権における間接民主主義の現実だろう。

 さらにいえば投票率の低さである。今の政権に対する支持は非常に低率でしかない。
 さらに言えば小選挙区制度による死票の山である。半数をとれない政党が圧倒的多数をとれる選挙制度である。

 ある政党が議員定数の削減を言う。その結果複数の当選者がいた選挙区が一人の当選者しかいない選挙区に変わる。それが第一党の狙いでもあるわけだ。

 そうした結果、有権者の1/4程度で圧倒的多数と称し、国会で強行採決できるなんておかしな事になる訳だ。

 国会内での少数意見は実は国民における多数意見かも知れない。だからこそ少数意見を尊重して国会で議論を尽くすべきなのである。戦争法案において現実と成っている。
 直接民主主義における少数意見の尊重より間接民主主義における少数意見の尊重はより大きい重要な意味を持つ。
 だが今の政権は少数意見を全く顧みない。それは民主主義を守らない、悪党たちの振る舞いだろう。

 そうした人たちの作った法律は次の国会で廃止すればよい。そのためには作った人たちを落選させ、法律を変更する人たちを当選させねばならない。
 そのための強い決意を国民が持つべきだろう。新しく選ぶ国会議員たちには少数意見の尊重が出来る人を選ぶべき事も当然のことだろう。

 だがもし反対者を弾圧するような事態が想定できるなら、次の選挙などと悠長なことは言っておられない。その時は行動あるのみである。それが「国民主権」の真の意味でもある。

 多数決や少数意見を考えるには冷たい現実を踏まえねばならない。そんな暗い思いが強くなっていく。

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