飯大蔵の言いたい事

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zoom RSS 司法は権力の一部である

<<   作成日時 : 2014/12/07 21:18   >>

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 3権分立とか言って、司法が政党などの権力から分離していると錯覚するが、司法は間違いなく権力の一部だ。

 特に検察は司法ではなく行政組織の一部なのだから一層権力の一部だと考えるべきだ。

 アメリカでは大陪審という形で市民が起訴を決めるらしい。日本でも検察審査会というものがあり、市民が起訴を決める仕組みがある。
 アメリカでの黒人を警官が殺した件での起訴の有無が大陪審によって決められ、その審議の過程が全く公表されないと問題になっている。
 市民が判断するとしても白人と黒人の比率や対立の問題だとか隠された点が多い。さらに検察の誘導などとも言われる。

 アメリカは市民の意見表明が結構多く、デモにも白人が参加したりして、ある意味健全とも言える。だが人種差別については深くて暗いものがあり、それが警察と結びついているのだが、政権と無関係だと言えるのだろうか?

 
 韓国の司法はもっとひどい。大統領が辞任すればカバラズと言っていいほど訴追されるのもその形だ。あるいは対馬で盗まれた仏像を持ち主(日本の寺)に返さない決定をする。新聞のコラムを引用すれば起訴される司法でもある。
 まさに司法が権力の一部であると言っているごときである。

 では日本の司法は公正なのだろうか?原発判断少し古くは住基法判断など地裁の裁判官が最後の判決としてまともな判断をするが、上位審でひっくり返る。最高裁判所が下位に対し指示をしているわけだ。そして最高裁判所の判事は時の与党が指名するわけだ。

 衆議院の一票の格差も違憲状態とは言うけれど決して無効とは言わない。この衆院選はすでにその基準から見れば逸脱しており、違憲状態での投票である。将来訴訟があるだろうが、今までと同じく違憲だが有効だとするだろう。
 今後、憲法解釈の変更について、争いがあるだろうが、権力の一部の司法がどんな判断をするか明白ではないだろうか?

 日本の司法も権力の一部である。衆院選と同時に行われる裁判官の信任はするべきではないのだろう。

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