飯大蔵の言いたい事

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zoom RSS 被爆と被ばくは違うのだ

<<   作成日時 : 2013/06/21 22:42   >>

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 こんな文章を読んで違和感を持った。
「唯一の被爆国、日本」と言われることがある。確かに、広島、長崎に原爆が投下されて、大変多くの犠牲者が出た。だが、核実験によって被害を受けた人が太平洋、北アフリカ、旧ソ連の国々にいたことを考えると、「唯一」という表現には違和感がある。
 文中にも違和感があるが私が思ったものとは全く違う。続けてこうだ。
ところが、その私の「核の被害者」に対する認識も、まだまだ甘かったと思い知らされる数字に今年、出合った。米国の核兵器製造に携わった労働者が放射線被ばくによるがんなどにかかり、国家の補償制度で認定された人が昨年9月までに9072人いるというのだ。原水爆が使われる以前の段階で、核物質による被ばくで多数の人々ががんにかかり、死んでいったことを示す。放射線のおそろしさを改めて強く認識した。
 放射の怖さは私も同感だし、原爆製造でも原発運転でも、その後の燃料処理でも恐ろしいのは当たり前のことだ。だがこの二つを同列に扱うものなのか?

 そしてここまでの文章で重大な差異に気がついた。「被爆」と「被ばく」だ。「被ばく」は正しくは被曝とかく。wikiではこういう。
「被曝」と「被爆」は、発音が同じで意味や漢字での表記も似ている。「被曝」は「放射線などにさらされること」[1]、「被爆」は「爆撃を受けること」、「核兵器による被害を受けること」[2]である。「曝」という漢字が常用漢字に入っていない[3]ことから、「被曝」を「被ばく」と書くことが多い。
 筆者はこの二つを使い分けている。にもかかわらず同等視するのはどんな感性をしているのだろうか?

 例えば銃も危険なものだ、ナイフでさえ危険なものだ。ときおり銃も暴発するし動物を撃つつもりで人を撃つこともある。ナイフを使っていてけがをすることもある。放射能はもっと怖いだろうけれど、核兵器や核の平和利用をしていた人間の活動だ。
 だが、銃を持って無差別殺人をすること、ナイフを振り回して無差別殺人をすること、これは実際に何回もあったことだが、上記の事故のようなものと同一視したらおかしいと思うだろう。

 核実験の際の被爆者はその中間に属する。十分な警告を与えられずに被曝した人は、被爆者に近い。

 日本の「被爆国」は非武装市民の無差別殺人を指しているのであって、放射能被曝と同一視するなどはあり得ないことだと私は思う。
 この記事に「被爆国」の前置きはいらない。それ以外は良い記事なのに。

 ちなみに筆者は毎日新聞(社会部編集委員)大島秀利氏であり、記事は鳥の目虫の目:水面下の「核の被害者」である。

 

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