飯大蔵の言いたい事

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zoom RSS 体罰といじめとしつけとしごきと等々

<<   作成日時 : 2013/02/04 20:44   >>

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 最近体罰が問題視されている。最初「体罰」と聞いたときにそれは本当に「体罰」なのだろうかと不思議に思った。

 「体罰」は体にかける罰のことだから、あくまでも罰である。罰は法律違反のように決まりを破った者に与える物だ。それがクラブ活動において起こるのであれば、練習のルールなどを破った罰のはずだ。メディアの報道ではどのようなルール破りなのかなかなか報道されなかった。
 そのうち報道されたのが、試合に負けたからとか、無気力だったからとか、そんな理由だ。それはルールではないから「罰」ではない。

 それはしごきと言う分類に近いかと思った。だがしごきは体罰ではなく厳しいトレーニングを課すことだ。厳しすぎるトレーニングを課せば体罰とか暴力にもなるのだけれど。

 体罰やしごきはコーチを弟子、先生と生徒のように権力的な服従関係があるときに起こる。だからこれはパワーハラスメントの一種だろう。

 しつけは子供に判断力がないときに善悪を教えるために行う物である。幼少期に済ますことが望ましいが、例外はいつでもある。それをどうするのかは大きな課題である。その課題は最終的に少年法の適用問題にまで行く。
 中学生や高校生にしつけと称して体罰を行うことは先生にとっても危険な行動である。力で押さえれば力で帰ってくる。非常に危険な事であるが、放置も出来ない。難しい課題である。

 いじめは生徒同士で行う暴力的行為である。これはこれで大変な問題であるけれど、上記の問題と同じ取り組みでは出来ないと思う。

 さてこれらの主に学校での問題に対して、メディアは書き立てているわけだが、そこに危険な兆候を見る。その流れは体罰であれいじめであれ、教育委員会では対応できないと宣伝しまくっていることである。確かに教育委員会での対応は十分ではない。ただ問題になる前の動きは決して委員会での話題になっていないことだ。その処理は教育委員会事務局で処理されているわけだ。

 教育委員会事務局は教育長をトップとした行政の人員で構成されている。重要な案件などがその事務局から委員会に上がるわけだ。
 その事務局を指導しているのが文科省であり、都道府県の当該課である。いち早く文科省が対策を打ち出すのは責任者ではないよとのアピールでもある。

 メディアは一斉に教育委員会制度の見直しを言うだろう。それは安倍内閣の教育再生と歩調を合わせているみたいだ。私にはそのように見えてきている。

 教育委員会は自治体からの影響を避け、そして国からの影響を避けるために存在する。地方分権論者は国からの支配を非難し、自身が支配しようとするのだろう。それもおかしいのだ。

 それに対する声が出始めている。大阪の高校での、保護者と生徒に発言権を求める動きが出ている。彼らには教育を受ける権利がある。決して誰かに教育をする権利があるわけではないのだ。その受け皿は今も存在するPTAで有るべきだろう。それが教育の原点なのだ。

 オリンピックの柔道チームでの体罰が問題になった。これも声を上げたのは選手たちだ。上記と同じ事だ。

 教育や訓練を受ける側に権利がある。決してこの問題を利用することを許してはならない。
 そして各種の概念を混同させて利用することもやめるべきだろう。

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