飯大蔵の言いたい事

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zoom RSS NHKはニュースの中で主張をしてはだめだろう

<<   作成日時 : 2012/06/05 20:53   >>

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 こんな報道だ。
藤村官房長官は、記者会見で、福井県の西川知事が、関西電力大飯原子力発電所の運転再開に向け、野田総理大臣が直接国民に訴えて理解を得るべきだとしていることについて、すでに何度も訴えており、十分な説明を続けているという認識を示しました。NHK
 「十分な説明を続けている」で引っかかるわけだ。「十分な説明」であるならば続ける必要はない。十分と分かっていて繰り返し説明する人間は単にくどいだけだ。総理大臣はくどいだけの人間であると官房長官が言ったのだろうか?

 説明する側は通常十分な説明をするはずだ。そして「十分な説明をした」と言うはずだ。説明を受ける側が十分だと言えば説明はそれで終わり続けることはない。もし十分でなければ何度も説明を受け、まだ十分でないと言うだろう。
 だから説明が続くと言うのならば、普通は十分でないと言っているに等しい訳だ。現実には双方の見解が食い違う事があり、片方が不十分と言い、片方が説明を繰り返すことになる。
 さすがに納得してもらえない時に十分な説明だとは言わない。それは喧嘩を売っているような言葉である。だから通常「理解を得るまで繰り返し誠意を持って説明する」などと言うはずのものだ。

 官房長官が言ったことは概略次のようなことだ。
「野田総理大臣は、先月末の関係閣僚による会合の際にも、日本経済や社会の安定と発展のために、原発は引き続き重要だと発言したほか、4日の内閣改造を受けた記者会見でもしっかり言及するなど、これまで何度も触れてきている」と述べて、原発の運転再開の必要性についてはすでに何度も訴えており
 6月5日の官房長官記者会見で各メディアの記者が本当にしつこく新たな説明が必要ではないかと聞いていた。何度も、官房長官は答えたからどの発言をとったか分からない。だがその中で「何度も触れているとか訴えている」とか言ったけれど、それで十分だとか、十分な説明だは言っていなかった。

 しかしNHKは上記引用の後にも「十分な説明を続けているという認識を示しました。」とするわけだ。

 執拗な記者たちの質問に対し、「十分答えているだろう」と官房長官は目で言っていたと思うが、それで「総理大臣が十分な説明を続けている」とするのは完全におかしい記事だ。
 それよりもNHKは再度説明が欲しいと言った福井県知事に対し、勝手に「十分だ」と答えてしまっているのではないだろうか?
 こんな報道が許されるはずもないと思う。

 今日はもう一つ変なのがある。
1号機や3号機の事故直後の対応について、政府の事故調査・検証委員会から不手際を指摘されたのに対して、「対応するのは現実的に困難だった」などと弁明していることが分かりました。
 goo辞書では
べん‐めい【弁明/辯明/辨明】 [名](スル) 1 事情などを説明してはっきりさせること。「事のやむなきを―する」 2 他人の非難などに対して、言い開きをすること。「―の余地がない」「失言を―する」
 1の意味はあるのだろうが、「事のやむなきを―する」にあるように自身の悪さ事情の説明に使う言葉だろう。そして一般には2の意味にとられることだろう。だから「弁明する」とかけば言い開きとなり、限りなく「東電は非を認めない悪いやつ」と言っているに等しくなるわけだ。

 これは事故調査の話だ。まず何があったのかを明確にし、その原因を明らかにしていくことが重要だろう。もし原因がはっきりした後に、屁理屈をこねて「私は悪くない」と言えば上記のような非難を浴びても仕方がないことだろう。
 だが、政府の事故調査報告は正式にはまだ出されていない。何をもってNHKは事故における不手際を断定できたのであろうか?政府が正しくて東電が間違っていると科学的に判断する能力がNHKにあるのだろうか?

 NHKはこんな説明を続けている。
最初に水素爆発を起こした1号機では、すべての電源を失ったあとでも原子炉を冷やすことができる非常用の冷却装置の操作について、政府の事故調査・検証委員会が「運転員の認識不足や操作の習熟不足があって、装置の弁が閉じて機能していない状態に気が付かなかった」と指摘していますが、東京電力の調査報告の案では、「電源が失われていたため、冷却装置の弁の状態を認識し対応するのは現実的に困難だった」と弁明していることが分かりました。
 この表現だけでどちらが正しかったと判断できない。NHKもそれが分かっているのかこんなことを続ける。
ただ、すべての電源が喪失した場合の安全装置について検討分析し、必要に応じて手順書や教育訓練へ反映することが必要だとして、教育や訓練が十分でなかったことを事実上認めています。
 「安全装置」というから、一般論だろうと思う。これが理由だとされたら東電も反論したくなると思う。

 NHKには社説がないらしい。だが社説を報道の中に展開することが許されるはずもない。政府に肩入れし、地方自治体や東電をおとしめる報道は公正をうたうマスコミの自殺に等しい。それとも国民放送は国民を操作する放送だと自負しているのだろうか?

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
 これは意図的な報道だったのでしょうか?

 そうだったら大問題ですが,以下そうではなかったと仮定して話してみたいと思います。

 私の場合,その人が言っている言葉をその言葉のまま記憶しているということはないように思います。

 だから,よく言われるんです。私が何か発言すると,「それは私が言ったこととは違う。○○○(私のあだ名)の記憶はよく変わる。」と。

 それで,相手が発言した時の言葉を正確に一字一句覚えている場合にはその言葉を言ってもらうんです。

 その言葉は,私からすると,私が話した言葉の内容と同じなんです。

 つまり,言葉で記憶していないで,何かイメージのようなもので記憶していて,そのイメージに記憶違いは全く起こっていないのです。

 だから,表現は違うのですが,言っている内容は記憶違いはなく正しいのです。

 難関試験なんかでは,自分の言葉に変換して記憶しなさい,という指導をする人もいますね。他人の言葉のままでは人はなかなか記憶できないのです。
 
 記憶力が高い人は大抵こういう変換をするか,あるいは,言葉の背後にあるイメージを捉えていると思います。後者は,スマナサーラ長老が説かれるブッダの教えにいうヴィタッカ(言葉による思考)ではなく,ヴィチャーラ(言葉以外の思考)を意味します。
サイン
2012/06/06 05:19

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