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zoom RSS メディアが「米国批判のすすめ」と書く?

<<   作成日時 : 2010/07/26 01:16   >>

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 毎日の面白い論評を見た。

 反射鏡:福沢諭吉と「米国批判のすゝめ」=専門編集委員・布施広

この様な指摘から始まる。
普天間問題の報道で気になっている言葉がある。内田樹・神戸女学院大教授は「米国を怒らせることを彼ら(メディア)は病的に恐れているようだ。だが、いったい彼らはどこの国益に配慮しているのか」と言うのである(毎日新聞4月28日夕刊)。米国を対等なパートナーとして思考できないことを内田氏は「属国民の呪い」と表現する。
 この指摘に対してああでもない、こうでもないと続く。

 結論のようなものが最後の方にある。
疑問があれば、きちんと批判して注文をつける。「理」を争うのは新聞の務めである。私はコラムなどで日米合意の重要性を強調しつつ、米国にも「びた一文まけないという交渉姿勢では困る」と主張してきたが、新聞全体として米国への批判や注文が今後ますます重要になると思う。普天間問題の決着と沖縄の負担軽減には米側の協調や妥協が不可欠だからだ。
 毎日新聞全体としてアメリカ贔屓の論調であると著者は知って書いているのだろうと思う。それに対する注文であるとすればよくぞ書いたといえるのかも知れない。だが、「理」を争うというのなら、アメリカの妥協を結論に持ってくるのは「理」にかなわないと思う。それがこの後にすぐに示される。
政治の責任も重大だ。鳩山前首相について米紙が「ルーピー」(頭がおかしい)という評価を紹介すると、自民党の女性議員が国会で、前首相に向かって「ルーピー」と叫び、これが手柄のようにいわれた。なんだか恥ずかしい。その米紙には「ユキオ、米国の盟友だろう? 米軍の核の傘の下で何十億ドルも節約したんだろう?」とも書いてある。日本全体がからかわれたという意識は、わが国会議員たちにはないのだろうか。
 日本が軍事費をアメリカのおかげで節約したとは、アメリカの一部の人が言う言葉だ。それは「からかい」ではない。
 それは日本に対する非難なのだから、「理」を持って、「その通りだ。だがアメリカは日本に基地を置いたおかげでその10倍は「利」を得ている。」と反論するべきである。

 こういった反論をしないで、アメリカの妥協をお願いする姿勢がマスコミの精一杯のものなのだろう。

反射鏡:福沢諭吉と「米国批判のすゝめ」=専門編集委員・布施広
 普天間問題の報道で気になっている言葉がある。内田樹・神戸女学院大教授は「米国を怒らせることを彼ら(メディア)は病的に恐れているようだ。だが、いったい彼らはどこの国益に配慮しているのか」と言うのである(毎日新聞4月28日夕刊)。米国を対等なパートナーとして思考できないことを内田氏は「属国民の呪い」と表現する。

 この問いには私を含めて「いえ、恐れていません」と答える記者も多いだろう。が、沖縄の新聞を除く主要紙の論説で、米国への批判や注文を目にするのは異例である。鳩山政権下で普天間に関する主要紙の記事は何万、何十万という数になろう。その中で当事者たる米国への批判や注文が微々たるものなら不思議になるのも無理はない。

 いや、そもそも米国は批判の対象外だったという説明も一応は可能だ。最近の普天間問題は鳩山由紀夫前首相の「迷走」自体が問題だった。日米合意の履行を求める米政府に落ち度はない。そこでメディアの批判は鳩山氏に集中したのだ、と。

 だが、それが良心的な説明だとは思わない。「病的」か否かはともかく、米国への恐れは日本の政治家や官僚、メディア一般の意識にも刷り込まれている。4月18日の本欄で述べたように、日本のメディアは概して、時の内閣より日米同盟(日米関係)を重く見る傾向がある。

 いわば日本の政治体制の上に日米同盟という別のレジーム(体制)を置き、常に上を、同盟の相手たる米国を意識して外交・防衛を論じる構図だ。このレジームはいかようにも美化や理想化ができるので、米国への幻想や誤解に基づくバーチャルな日米同盟像が独り歩きする危険性がある。いや現実に独り歩きしてきたのだと私は思う。

 ともあれ、日米同盟に軸足を置いて日本を批判する社説・論説は珍しくない。その是非を論じるのは容易ではないが、日本は米政府の忍耐に甘えているとか、日米安保のために首相は「小さなメンツ」を捨てろとか、確かに「どこの国益に配慮しているのか」と言われそうな論説もある。「沖縄の負担軽減」はかすみがちだ。

 こうした論にふれるたびに考える。超大国の「奥の院」で世界戦略をめぐらす「ベスト・アンド・ブライテスト」(最良で最も聡明(そうめい)な人々)がこれを読めば、憫笑(びんしょう)を浮かべるのではないか。深謀遠慮の世界に生きる彼らにとって、一部の日本メディアが描く日米同盟像は単純・幼稚に映ってはいないか、と。

 私は91年の湾岸戦争以降、米国の戦争や軍事戦略を取材してきたが、自国民の安全のために米国は徹底した議論を必要とする。アングロサクソンは論議の人々だ。日本人が米国の機嫌を損ねないよう笑っているだけなら軽蔑(けいべつ)の対象になるだろう。米国批判は同盟国としての義務と心得た方がいいと私は思う。

 福沢諭吉は「文明論之概略」で「利を争うは古人の禁句なれども、利を争うは即ち理を争うことなり」と説いた。国際政治の分野で解釈すれば、日本の「利益」を守る「論理」を展開せよ、ということだろう。では日本は諸外国と「利」や「理」を正当に争ってきたかと省みれば、はなはだあやしい。

 軍事アナリストの小川和久氏は「政治家や官僚の多くは、アメリカに守ってもらっている日本は文句など言えないと思いこんできたのです。こんな卑屈な態度は、いい加減に改めなければいけません」(「普天間問題」)と説く。守屋武昌元防衛事務次官は「日本は交渉で、手の内を明らかにし過ぎる傾向がある」(「『普天間』交渉秘録」)と書いている。

 疑問があれば、きちんと批判して注文をつける。「理」を争うのは新聞の務めである。私はコラムなどで日米合意の重要性を強調しつつ、米国にも「びた一文まけないという交渉姿勢では困る」と主張してきたが、新聞全体として米国への批判や注文が今後ますます重要になると思う。普天間問題の決着と沖縄の負担軽減には米側の協調や妥協が不可欠だからだ。

 政治の責任も重大だ。鳩山前首相について米紙が「ルーピー」(頭がおかしい)という評価を紹介すると、自民党の女性議員が国会で、前首相に向かって「ルーピー」と叫び、これが手柄のようにいわれた。なんだか恥ずかしい。その米紙には「ユキオ、米国の盟友だろう? 米軍の核の傘の下で何十億ドルも節約したんだろう?」とも書いてある。日本全体がからかわれたという意識は、わが国会議員たちにはないのだろうか。

毎日新聞 2010年7月25日 東京朝刊

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