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zoom RSS 敬老の日の社説

<<   作成日時 : 2009/09/21 23:15   >>

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 敬老の日は固定されていたはずなのになぜにその日にちが漂流するのだろう。それが軽老につながらないことを祈る。

 さて各紙が敬老の日に際して社説を書いている。
 敬老の日 安心できる超高齢社会に(9月21日付・読売社説) こんなフレーズがある。
無論、高齢化それ自体は憂うべきものではない。多くの人が長寿であるのは喜ばしいことだ。
 これを素直に喜べないのは福祉制度が不完全だからという。
新政権はこの不安を払拭(ふっしょく)するために、老後の生活を支える年金、医療、介護をどう再構築し、維持していくのか。山積する課題に取り組まねばならない。
 今までの政権に課題山積みなどと言ったのだろうか?自らこんな事を言っているから、まともに扱ってはいなかったのだ。
新制度には様々な欠陥や説明不足もあったが、呼称などに対する感情的反発が先行し、冷静な議論が行われたとは言い難い。
 最後にこんな言い方でしめている。
その場合、保険料や窓口負担が限界と見るならば、公費の投入を増やすしかない。医療に限らず、年金も介護保険も同様だ。
 だが、子ども手当など他の新規施策だけでも財源確保に疑問符がつく中で、増税なしに高齢者施策の財源は見いだせるだろうか。
 消費税を社会保障税とし、きちんと財源を確保すれば、超高齢時代の施策は選択肢が広がる。新政権は一日も早く決断すべきだ。
 高齢化すれば医療費は上がるし介護保険費も上がる。それを誰かが負担しないと仕方がない。お金のある高齢者の負担を増やすのもやむを得ないだろう。しかし、高齢者だけを人くくりとして若者も政府も面倒見ないと言われたら怒るのが当たり前だろうが。すぐ目の前で負担が増えるのは誰でも分かる事だ。「感情的」だと。高齢者はそれほど馬鹿ではない。

 毎日もこんな社説を書く。社説:敬老の日 高齢者医療をどうする その一節だ。
破綻(はたん)寸前の国保を救済するために導入したのが後期高齢者医療制度なのだ。元に戻すだけでは根本的な解決にはならない。しかも自民党政権は1168億円も投じて負担軽減に努め、国保に入っていた世帯の75%が後期医療制度で保険料が下がった。再び保険料が上がれば不満が噴出するのは必至だ。容易には引き返すことができないところに鳩山内閣は立たされているのだ。
 「後期高齢者医療制度が国保の破綻を救い、負担軽減もはかられている」と言っているようだが、これは嘘だろう。負担軽減は今だけの政策だし、国保は救えても組合健保が赤字転落した弊害はすぐこの後で社説が書いている事だ。
 悪事が進んでいるから引き返すのは大変だと民主党に進言しているのだろうか。末尾はこうだ。 
75歳以上の人口は06〜12年の6年間で23.6%も増える。敬老の日ではある。しかし、根拠の乏しい理想論や建前を廃し、現実に向き合わなければこの国の高齢者を守ることはできない。
 民主党の政策を「根拠の乏しい理想論」と言っているようだ。ならば根拠のある現実論を毎日新聞が提案したらどうなのだ。

 東京新聞はこんな風に書く。
◆心からの敬意がわく
 お年寄りたちの、文字通り、いぶし銀の輝きを近くで目にできる社会を育てたい。そうすれば、後に続く世代の中にも、「祝老」にとどまらず、心からの敬意が自然にわき上がってくるはずです。

 それは、新政権が高らかに掲げた「自立と共生」「社会のきずなの再生」、そして「友愛の社会」の実現にも、きっと結び付いていくはずです。
 具体的なことは民主党政権に任せようではないか。国民はこのような心を醸成する事に注力するべきだと思うのだが。



 

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