飯大蔵の言いたい事

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 「経済」は誰のためのものか

<<   作成日時 : 2008/08/27 22:59   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 2

 「企業は誰のものか」の回答は株主のものであるが、これは議論のための設問を誰かの都合の良いものにしている。議論に必要な設問は「企業は誰のためにあるのか」である。その回答は株主、従業員、消費者のためにあるである。

 では「経済」は誰のためにあるのか。これはここ数日考えていた話だ。その答えを今日クローズアップ現代に出演していた斉藤貴男があっさりと言ってしまった。でも驚かないのは私の出した答えと同じだからだ。
 今一番のっているジャーナリスト斉藤貴男、その童顔がかっこいいね。

 数日前のテレビ番組で子供の宿題相談があった。その質問は「基本の反対語な何か」だった。反対語辞典で引けばそれは「応用」とあるそうだ。しかし、「応用」の反対語には「基本」はないそうだ。次の日に種明かしがあったが、この二つの語は反対語の関係にはない。基本の次が応用なのだ。
 経済の基本は何か、応用は何か、そう言うことで考えてみたい。

 経済の基本は貨幣経済の説明だ。物々交換の不便さから解放された貨幣経済の効率の高さ、これがまずある基本だ。
 次に貨幣経済を進めて資本主義に進めば、景気変動とか恐慌とかの問題が生じ、これに対応するため経済学なるものが研究された。
 あるいは、資本主義に必然的に伴う搾取に焦点を当てて、共産主義なるものが考えられた。
 さて、ここが本当の「経済」の基本なのだが、上記の取り組みは誰のためにするのかだ。景気対策は企業の業績を上げるためとなっているがそれはすでに応用になっていないか。
 資本主義が弱肉強食の神の摂理に反する制度ではないかとの疑問の先にある、経済の対象は何か。神の摂理に守られなければならないものは何か。

 その答えは多くの民衆であるはずだ。権力者は多くの理屈を立てて、支配者の興隆がもっとも必要だとする。それが王であったり、国であったり、そして企業であったりする。共産主義で言うプロレタリアート階級は大多数の民衆と同じ意味だし、大恐慌での対策は失業者に仕事を与えよだし、神の摂理は働いた人にはそれなりの富が分配される事を意味するはずだからだ。
 「経済」は多くの民衆の生活を向上するためにあるものであり、それが基本である。

 さてその基本を実現するために、政府があり、企業がある。企業が事業を行い多くの人を雇用することにより仕事から給料がうまれ、生活が可能になる。政府は税金を取るが企業を育成し、社会ルールを作り、セーフティーネットを張ることにより安心して働ける社会を作る。これらは手段であって目的ではない。

 しかるに、政府の最大の課題は財政再建であり、経済の最大の目標は成長であり、企業の業績向上だ。そしてそのためには国際競争力を高める必要性も含め、賃金カットになる。政府は社会保障をカットし、勤労者の税金を増やし、消費税で貧困者からも税金を取る。
 
 民衆の生活を守るのが経済の基本だとすれば、その応用では民衆の生活を犠牲にして、本来手段であるはずの企業と政府を守る。これは確かに応用だとは思うが、基本を忘れた応用ではないのか。

 斉藤貴男氏は派遣の問題において、労働者すなわち市民を取るか企業を取るかの選択は市民を取るべきだ。それが経済のあり方だとした。

 そのことは基本であり、常に基本に戻るべき事だ。応用が基本を裏切ることも多い。別の例で言えば、「平和を希求し、国際貢献をし、平和維持と称して軍隊を派遣し、反対派を攻撃する。」、平和って攻撃することだったか、なんて。

 基本を納めれば、それを活用して応用に入るのだが、基本を裏切った応用には要注意だ。経済政策は多数の国民のためにあることが当然なのである。

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
基本の反対語のこと
ブログから検索 基本の反対語(2008年8月26日の急上昇ワードランキング) - Yahoo!検索 ...くう・ねる・こぺん | 反対の反対は「反対」では無い?! 休憩時間、ちちんぷいぷいを見ていたら、 『基本の反対語は?』 という小学生の質問に大人たちは反対語辞典を出してきて... ...続きを見る
注目のキーワードをチェック
2008/11/25 09:09

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
飯様の意見にまったく賛成です。
「経済」とは、飯様もご指摘のように、「経世済民」の略語ですが、元来、経世済民とは、飯様が指摘された通りの意味だったと知りました。また、アダム・スミスは、「神の見えざる手」の有名なくだりに、「貧しい人々の必要が満たされる限りにおいて、市場社会は正当化されうる」と考えたようですが、脳内にGHQが駐留している、アメリカ「では」の表現が刷り込まれた、新自由主義経済学者には、このような「不都合な真実」は、忘却されることが当たり前のようになっているようですね。
カタカナサヨク
2008/08/31 01:44
カタカナサヨク さん
これも「不都合な真実」ですね。
飯大蔵
2008/08/31 23:28

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文