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検察による取調べの一部を録画し、その適用を拡大すると報道されている。各紙の報道を読んでみたが、その内容が極めて分かりにくい。 簡単にまとめると次のようなものか 対象とするのは裁判員制度の対象となる事件で、容疑者の自白が有るケ−ス 録画については〈1〉録画中は一方的に終了しない〈2〉最後に容疑者に自由に供述させる機会を作る〈3〉録画したDVDは一切編集しないとの条件をつけた。 録画する場面は録画は、自白後に自白の動機や経緯を述べる場面や自白調書に署名する場面などポイントを絞る (読売による) 今回の録画、およびその拡大の目的は次のように解説されている。 「裁判員裁判で、市民が自白に任意性があるかどうかを判断する有力な証拠になる」 「分かりやすく迅速な審理を実現するには思い切った改革を断行する必要がある。指針の公表は、その決意の表れ」 「分かりやすく迅速な審理」を翻訳すれば、裁判員がすぐに納得し判決を下すことであり、もっと言えば検察のストーリーを裁判員が鵜呑みにしやすくなることを意味すると思う。 自白の任意性、自白の信用性を争い裁判が長期化することが問題視されており、裁判員制度導入時には裁判員の拘束日数が長くなる事が特に問題と言われている。今回の録画はその判断が早くなるとされている。そうなのだろうか。 そもそも自白の任意性が疑われる場合は、公判で過去の自白を翻し無罪を訴えた場合ではないのだろうか。公判でも同じ自白をするのなら、過去の自白ビデオなどは不必要だ。 容疑者が、ある時に、言い含められて、もしくは(罪を軽くするなどと)騙されて、あるいは脅かされて、あるいは判断能力をなくして、行った自白を翻すことは当然あるケースだ。そういった場合、自白の場面だけを見ても自白の任意性を立証する事にはならない。 むしろ、長い取調べの中で都合の良い場面だけを録画し、裁判に使う事だって可能だろう。 録画したDVDは一切編集しないとなっているが、何本も取り一番印象のよいものを使う事は、広い意味の編集だ。編集権が検察にあることが明白だ。このようなものを公正な裁判で使用する事は許されるべきではない。 これを改善するには編集権を被疑者側に与えるべきだ。後に否認した場合は当該ビデオを使用する事をやめさせる権利を与えねばならない。否認された自白調書も同様だ。 日弁連はこう言う しかし、今回の検察庁の発表のように、検察官の取調べの一部のみを、検察官の裁量によって録画・録音するだけでは、これらの効果は生じません。かえって、取調べの一部だけでは、捜査側に都合の良い部分だけが録画・録音されかねず、取調べの実態の評価を誤らせる危険があります。この表現は弱すぎると言わざるを得ない。「このような過程でとられた録画の証拠採用に反対する」と言うべきだと思う。 ニュースでは警察も同様に一部の録画を進めようとしている。これも同様に危険なものだ。 逮捕や刑罰についての公正性の確保は憲法にも記載されている事だ。現在の過酷な取調べは憲法の精神に反している。 凶悪犯の取調べにおいて、過酷な取調べが必須だと警察検察が言うが、自白のみに基づく立証は憲法にも無効と書かれており、物証を必要とすることは当然の事だ。 少数の物証の得られない凶悪犯の犯罪を無罪としてしまっても、多数の冤罪を発生させる事を防がねばならない。それが法の精神だ。 それほど重大なものを検察や警察が独断で決められると考えるほうが異常ではないか。 裁判の迅速化を隠れ蓑にした、自白重視を進める今回の「一部可視化」は人権侵害をさらにひどくするものだ。 |
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一部可視化という事は、都合のよいように |
ロケットの夏 2008/03/24 20:34 |
ロケットの夏 さん |
飯大蔵 2008/03/25 00:46 |
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