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zoom RSS ある教授の驚くべき論説

<<   作成日時 : 2006/11/25 01:04   >>

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 新聞にあった驚くべき論説だ。誰が書いたか余り意識せずに読んだが、その内容に驚いてしまった。
◇国民的合意踏まえた 異例だが違法性ない−−東京大大学院教授・浜田純一氏 
毎日新聞 2006年11月24日 東京朝刊
 そして人物の略歴、現職を見てショックを感じた。
■人物略歴
 ◇はまだ・じゅんいち
 東大副学長。電波監理審議会委員。専門は情報法、憲法。56歳。

 この文章のどこに驚いたのか順に説明しよう。
今回の命令について政治介入だという批判があるが、NHKは存在自体が特殊だ。放送法はNHKの予算や人事について国会承認を必要とするなど一定の範囲で国による統制を想定している。
確かに予算は国会で承認され、経営委員会委員は政府の推薦で国会が承認するが、これは視聴料を納める聴取者に代わってチェックしていると言うのが建前だ。たとえ実態が統制に近いとしても、国による統制をしていると公言する人はまずいないと思う。もしその通りだとしたら公共放送の看板は下ろすべきだ。
 命令放送は国際放送のみにある規定だ。国内放送にも介入してもよいとは書いていない。
電波監理審議会の委員として「適当」と判断したのは(1)拉致問題の重要性は相当広い国民的なコンセンサスがある(2)NHK自体が拉致報道を行うことに反対しているわけではない−−という事情を踏まえたからだ。
これは確かに判断材料ではある。ただし、「国が統制しているNHK」と「NHKが反対していない」を並べるとおかしなことになる。統制されているNHKの賛成に意味があるのだろうか。
具体的な放送事項を指定した命令は異例ではあるが、慣例を考慮しても違法だとか、表現の自由を侵害するとまでは言えない。裁判でも同じ判断だろう。
国際放送に対する命令は法に明記されているので違法ではない。しかしもし海外放送が中立であるべき放送局の名で行われるのならそこに命令するのは憲法違反だ。海外放送が政府広報の一部と言うのならそれなりの考え方はある。海外放送の性格は私には今のところはっきりしない。
命令できるテーマは拉致問題に限らない。ただ、国民の中で意見の分かれている問題やNHKが抵抗しているケースでは、政府による情報操作の懸念が高まり、憲法上の疑義が生じる。例えば核保有論は、国民的なコンセンサスはなく認められないと思う。
電波監理審議会の判断基準としてはいいとしても、これが合憲の基準になるのであろうか。
 NHKがそのときに抵抗していなくても命令があれば変更できない。命令のありなしが問題だろう。
 国民の意見をどんな方法で知ったと言うのだ。またその時その時の国民の意見で憲法にあっているかを変えていいのだろうか。憲法学者はそんな見解なのだろうか。
政府が命令しようとするほど、放送内容への信頼性は損なわれて訴求効果は低くなる。合理的な判断をする政府であれば、「あうん」の呼吸でNHKに委ねておくのが最も良いと考え、命令を選ばないだろう。
これが本音のようだが、NHKを操り人形にしようとする紛れも無い政府による情報操作を主張したものだ。
ただ、政府として外国に伝えたい情報をどうするかという問題は今後、必ず出てくる。NHKとは別に国営放送を作った場合、政府は広告代理店を巧みに使うなどNHKよりも効果的なメッセージを伝えることができるかもしれないが、問題も大きい。政府が自由に宣伝できる国営放送のような仕組みは民主主義社会では望ましくない。
国内での放送で政府広報と称した番組を見たことがある。それは民主主義社会では好ましくないのだろうか。政府の名で行う限り国内であろうと外国であろうと責任を持ってやれば良い。
 NHKより広告代理店のほうが巧みと思うなら、政府はNHKを改革すべきだろう。しかし誰も信用しないし、誰も見ないだろう。
命令規定の撤廃など放送法改正論議が出ているが、法改正をせずに、テレビへの命令を含めて現在の制度を慎重に運用するのが良いのではないか。政府の命令部分とNHKの自主放送が一体となっている点は、それ故にNHKの編集権が尊重され、政府の恣意(しい)的な放送を防ぐ効用がある。
「政府の命令部分とNHKの自主放送が一体となってい」れば、「NHKの編集権が尊重され」ず、政府の恣意(しい)的な放送」になっているのが通常だろう。ここで私の頭はパニックになった。
電監審は、諮問内容について、技術的な合理性や法的な妥当性を判断するのが役割だ。政策を決定し、一定の政治的判断も行う米FCC(連邦通信委員会)とは異なる。片山虎之助参院自民党幹事長は、命令に反対する発言をしていたが、政治的な妥当性をめぐる議論は国会など他の場所で行えばいい。電監審に政治的な意見表明を求めても無理だ。
冒頭に有った国民の意見とNHKの反対が判断根拠である事と、「技術的な合理性や法的な妥当性」とどんな整合点があるのだろうか。前に書いた事を忘れたのだろうか、それとも整合点があると思っているのだろうか???
 片山虎之助はまさに「あうんの呼吸」を主張したのであって筆者と同意見であり、それは政治的意見ではないのか。


 久々のショック療法だった。憲法の専門家で、電監審の委員、東大の副学長、その文章に驚くとは私の頭が狂ったのかと思った。
 しかし同時に記載されていた
民放連会長・広瀬道貞氏
テレビ朝日会長。朝日新聞政治部などを経て99年テレ朝社長。72歳。
の論に賛同できた時に私の頭は狂ってはいないことを確信できた。


 その論にあった初耳の情報
テレビによる国際放送について、政府は新たにNHKの子会社をつくり、民放にも出資させる考えだ。簡単に黒字化できる事業ではなく、赤字覚悟で出資することは難しい。さらに、命令放送制度があると、政府による放送だと視聴者から不信感を持たれる恐れがあり、ますます出資に逃げ腰にならざるを得ない。
国際放送に民放を巻き込もうとする陰謀なのだろうか。注意を要すると思う。

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 これだけ民放各社が乱立している国家で、強制的に受信料を徴収する放送局が、はたして必要なのか、どうかの議論が、前提として必要だと思う。つまり、わたしは、NHK解体論者だ。
 そのうえで、先日の中川政調会長と麻生外務大臣の核武装論議に際しては、二人は明確に自分は非核論者だがとことわったうえで、しかし議論することまでも否定しないといっていた。各社はニュースではそれをほぼ正確に伝えたが、評論や論評のコーナーになると、とたんに、その前提を無視して、あたかも二人が核保有論者のごとき議論に突入していた。おそろしいことに、この傾向は各社共通していて、地球上でもっとも自由な報道が確保されている国家であるこの国でおこなわれている情報操作の実態が確認できたと思う。
罵愚
2006/11/25 04:40

 理由は単純で、この国の報道機関はアメリカの占領政策としての戦争犯罪宣伝計画(War Guilt Information Program) のくびきから、いまだに逃れられずにいるのだろう。悲劇的というか、喜劇的な現象は、感情的な反米主義者ほど、この傾向が強いことは、その認識をもちながら番組を観賞していると、よく理解できる。
 このように、この国の報道機関は、一律に反権力と反米の感情を共有していて、中立的、客観的な事実報道は不可能な状態にある。そういう事実認識を前提にすると、政府は、政府の政策を正確に国の内外に伝達する手法として、自前の報道機関をもつことは必要ではないのだろうか。NHKを解体して、あるいは完全民営化して、あるいは完全国営化して、国家の報道機関に加えるとか。
罵愚
2006/11/25 04:41
飯大蔵さんはある教授の驚くべき論説と言われてますが別に驚くほどの事は無いと思う。何しろ日本は年金制度まで実現している福祉大国なんだから。今までの制度を守っている限り大丈夫と思う。何がというのは、政府の方針が放送に与える影響は少ないだろう。
Hbar
2006/11/25 09:58

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