飯大蔵の言いたい事

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zoom RSS 驚くべき社説 読売、産経

<<   作成日時 : 2006/09/23 22:13   >>

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 判決では国家国旗の意義、指導要領の準法規的性格などを肯定したうえで、この場合の思想の自由を制限するまでの必然性はないとしている。単純に言えば国家国旗の押し付けはダメだと言っている。以下の三紙はほぼそれを踏襲している。
国旗・国歌 「強制は違憲」の重み 朝日
国旗・国歌 「心の自由」を侵害するな毎日
国旗国歌判決 『押しつけ』への戒めだ東京

 しかし読売と産経は真っ向から反対している。それぞれの全文は末尾にあるので参考にして欲しい。
 驚くべきところを上げて行きたい。まずは読売

 しかし、「指導」がなくていいのだろうか。不起立で自らの主義、主張を体現していた原告教師らは、指導と全く相反する行為をしていたと言えるだろう。
「指導」の意味を何か限定的に使っているようなのだが、説明がない。「指導」が指導要領や通達を指すのであれば事実を再確認しただけだ。「指導」が教育全般を指すのなら不起立だけでは何の意味も成さない。
判決は、「式典での国旗掲揚、国歌斉唱は有意義なものだ」「生徒らに国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ、尊重する態度を育てることは重要」と言っている。だが、こうした教師たちのいる式典で、「尊重する態度」が生徒たちに育(はぐく)まれるだろうか。
教師全員が不起立なのだろうか。校長以下多くの教師が通達どおりに行動している。生徒たちはその人たちの行動を見ないのであろうか。また反対する人がいてこそ、生徒たちは主体的に国歌国旗を考えるきっかけになりさらに理解が深まると言うものだろう。
そもそも、日の丸・君が代に対する判決の考え方にも首をかしげざるをえない。「宗教的、政治的にみて中立的価値のものとは認められない」という。

 そうだろうか。各種世論調査を見ても、すでに国民の間に定着し、大多数の支持を得ている。

世論調査で大多数とは何%を言うのだろうか。もしそこに10%の不支持があれば価値中立的とは認められないのではないか。もっと極端に言えば1%の少数意見であっても公共の福祉に反しない限り表現の自由は確保されるのが憲法の考え方である。
どの国の国旗・国歌であれ、セレモニーなどの場では自国、他国を問わず敬意を表するのは当然の国際的マナーだ。
他国の国旗・国家に敬意を表するのは国際的マナーだ。自国の国歌・国旗に敬意を表するかは国内問題だ。国内問題があることが他国に対して見場が良くないことは確かだが。
それにもかかわらず、こうした判決に至ったのは、「少数者の思想・良心の自由」を過大評価したせいだろう。

 逆に、都の通達や校長の職務命令の「行き過ぎ」が強調され、原告教師らの行動が生徒らに与える影響が過小に評価されている。
思想・良心の自由と生徒らに与える影響を対比させている。生徒らに与える影響が公共の福祉を犯すほど重大か否かを論じなければならない。多くの人が国歌国旗に普通に接している中で、一部に反対する人がいることを知る事によりそれほど悪影響が出るのだろうか。誰かが調査したのであろうか。
 思想・良心の自由は過小に評価する事は絶対出来ないものなのだ。



次は産経

公教育が成り立たぬ判決
公教育とは指導要領どおりの教育なのだろうか。判決文でも
ァ被告都教委教育長が発ずる通達ないし職務命令についても学習指導要領と同様に, 教育基本法1 0 条の趣旨である教育に対する行政権力の不当,不要の介入の排除, 教育の自主性尊重の見地のほか, 教育における機会均等の確保と一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準に止めるべきものと解するのが相当である。
と明確に言っている。
 産経は公教育とは国による教育であると主張し、今生きている教育基本法を無視している。
東京地裁の判決は、こうした審議経過や指導要領の趣旨を十分に踏まえたものとはいえない。もちろん思想良心の自由は憲法で保障された大切な理念であるが、教育現場においては、教師は指導要領などに定められたルールを守らなければならない。その行動は一定の制約を受けるのである。
思想良心の自由は公共の福祉に反する場合にのみ制約を受ける。憲法が法律より優先する事は明記されており、指導要領より優先される事も当然だ。教育現場には憲法は適用されないのであろうか。
 
裁判長は「日の丸、君が代は、第二次大戦が終わるまで、軍国主義思想の精神的支柱だった」とも述べ、それに反対する権利は公共の福祉に反しない限り保護されるべきだとした。これは一部の過激な教師集団が国旗・国歌に反対してきた理由とほとんど同じだ。裁判所がここまで国旗・国歌を冒涜(ぼうとく)していいのか、極めて疑問である。
思想の中身は別にして「それに反対する権利は公共の福祉に反しない限り保護されるべきだ」と言うのは憲法の表記に近い。これを否定するのに「一部の過激な教師集団が国旗・国歌に反対してきた理由とほとんど同じだ。」で済ますのか。
 反論の価値もないような論理だ。いくら改憲を主張していても未だ改憲されていない以上、憲法を守る義務があると思う。裁判所に対し「冒涜」と言う言葉を使うなど、驚かざるを得ない。
自民党新総裁に選ばれた安倍晋三氏は「公教育の再生」を憲法改正と並ぶ大きな目標に掲げている。そのような時期に、それに水を差す判決が出されたことは残念である。
驚くような事を沢山言っていても、安倍氏へのお追従は忘れない立派さにも脱帽だ。
小泉純一郎首相は「人間として国旗・国歌に敬意を表するのは法律以前の問題だ」と語った。各学校はこの判決に惑わされず、毅然(きぜん)とした指導を続けてほしい。
国民が守るべき規範に何があるのか。三権分立で言うように、国会で定めた法律など、裁判所が出す判決、行政府が行う行政命令などが国民が守るべき規範だ。そしてそのすべては憲法の枠内に存在することが了解されている。法律以前のものや判決にも惑わされない規範などないと思う。ましてそれによる強制や処分などが許される筈はないのだ。



 両紙とも憲法に保障されている個人の権利を限りなく侵害していると思う。そして彼らが主張している改憲が同じ方向にあると思わざるを得ない。憲法九条以上に重大な問題だろう。




9月22日付・読売社説(1)
 [国旗・国歌訴訟]「認識も論理もおかしな地裁判決」

 日の丸・君が代を教師に義務づけた東京都教委の通達と校長の職務命令は違法――東京地裁がそんな判断を示した。

 教師には、そうした通達・命令に従う義務はない、国旗に向かって起立しなかったり、国歌を斉唱しなかったとしても、処分されるべきではない、と判決は言う。

 都立の高校・養護学校教師、元教師らが、日の丸・君が代の強制は「思想・良心の自由の侵害だ」と訴えていた。

 学習指導要領は、入学式などで「国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定している。判決は、これを教師の起立・斉唱などを義務づけたものとまでは言えない、とした。

 しかし、「指導」がなくていいのだろうか。不起立で自らの主義、主張を体現していた原告教師らは、指導と全く相反する行為をしていたと言えるだろう。

 判決は、「式典での国旗掲揚、国歌斉唱は有意義なものだ」「生徒らに国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ、尊重する態度を育てることは重要」と言っている。だが、こうした教師たちのいる式典で、「尊重する態度」が生徒たちに育(はぐく)まれるだろうか。

 教師らの行動に対する認識も、甘すぎるのではないか。「式典の妨害行為ではないし、生徒らに国歌斉唱の拒否をあおる恐れもない。教育目標を阻害する恐れもない」と、判決は言う。

 そもそも、日の丸・君が代に対する判決の考え方にも首をかしげざるをえない。「宗教的、政治的にみて中立的価値のものとは認められない」という。

 そうだろうか。各種世論調査を見ても、すでに国民の間に定着し、大多数の支持を得ている。

 高校野球の甲子園大会でも国旗が掲げられ、国歌が斉唱される。サッカー・ワールドカップでも、日本選手が日の丸に向かい、君が代を口ずさんでいた。

 どの国の国旗・国歌であれ、セレモニーなどの場では自国、他国を問わず敬意を表するのは当然の国際的マナーだ。

 「入学式や卒業式は、生徒に厳粛で清新な気分を味わわせ、集団への所属感を深めさせる貴重な機会だ」。判決は結論部分でこう述べている。

 それにもかかわらず、こうした判決に至ったのは、「少数者の思想・良心の自由」を過大評価したせいだろう。

 逆に、都の通達や校長の職務命令の「行き過ぎ」が強調され、原告教師らの行動が生徒らに与える影響が過小に評価されている。

 今後の入学式、卒業式運営にも影響の出かねない、おかしな判決だ。

2006年9月22日9時21分 読売新聞


平成18(2006)年9月22日[金] ■【主張】君が代訴訟 公教育が成り立たぬ判決

 都立高校の卒業、入学式に向け、教職員に国歌斉唱などを義務付けた都教委の通達をめぐり、東京地裁はこれを違法と判断し、都に賠償を命じた。これでは、公教育が成り立たない。

 判決によれば、「国旗と国歌は強制ではなく、自然に国民に定着させるのが国旗国歌法や学習指導要領の趣旨だ」としたうえで、「それを強制する都教委の通達や校長への職務命令は、思想良心の自由を侵害する」とした。さらに「都教委はいかなる処分もしてはならない」とまで言い切った。

 国旗国歌法は7年前、広島県の校長が国歌斉唱などに反対する教職員組合の抵抗に悩んで自殺した悲劇を繰り返さないために制定された。当時の国会審議で、児童生徒の口をこじあけてまで国歌斉唱を強制してはならないとされたが、教師には国旗・国歌の指導義務があることも確認された。指導要領も教師の指導義務をうたっている。

 東京地裁の判決は、こうした審議経過や指導要領の趣旨を十分に踏まえたものとはいえない。もちろん思想良心の自由は憲法で保障された大切な理念であるが、教育現場においては、教師は指導要領などに定められたルールを守らなければならない。その行動は一定の制約を受けるのである。

 従って、都教委が行った処分は当然である。東京地裁がいうように、いかなる処分も行えないことになれば、教育現場が再び、混乱に陥ることは確実だ。広島県で起きた悲劇が繰り返されないともかぎらない。

 裁判長は「日の丸、君が代は、第二次大戦が終わるまで、軍国主義思想の精神的支柱だった」とも述べ、それに反対する権利は公共の福祉に反しない限り保護されるべきだとした。これは一部の過激な教師集団が国旗・国歌に反対してきた理由とほとんど同じだ。裁判所がここまで国旗・国歌を冒涜(ぼうとく)していいのか、極めて疑問である。

 自民党新総裁に選ばれた安倍晋三氏は「公教育の再生」を憲法改正と並ぶ大きな目標に掲げている。そのような時期に、それに水を差す判決が出されたことは残念である。小泉純一郎首相は「人間として国旗・国歌に敬意を表するのは法律以前の問題だ」と語った。各学校はこの判決に惑わされず、毅然(きぜん)とした指導を続けてほしい。

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 平良夏芽はワタシがホームレスと関わっていた初期の頃の同志で、沖縄に移転以降も反戦平和の実践部隊として闘っていました。最近では辺野古で闘っていると聞いてました。長い間連絡が途切れていましたが、今回、不当逮捕されたという情報が入りました。是非関心を寄せて下さい。また是非、抗議の声お願いします。 ...続きを見る
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内 容 ニックネーム/日時
 はじめまして。TBありがとうございます。

 @さて、記事の感想ですが、僕もいろいろなブログで論争しているのですが、特に、酷いのが「業務命令」「職務命令」に従えない者は解雇となる、または、適正がないので教員になる権利もない、というものです。

 この排除の論理と上意下達が強烈に共通しております。要は、上意下達の業務命令に従い粛々と職務を果たす勤労者が子供らの模範となる、ということです。

 むきだしの人権抑圧、上意下達の卑劣な行為を正当化する考え方です。

 
東西南北
URL
2006/10/03 03:02
 A次に、式典に「日の丸・君が代」を導入し、「起立・斉唱」する行為は常識であり、多数世論であるから、従って当然だ、という主張です。

 多数の常識に従わない者の行為はマナー違反で不愉快だから、従え、というものです。裸で街を歩かないこと、音をならして食べないこと、背筋を伸ばすこと、電車で携帯を使わないこと、道路につばをはかないことなどなどと同じマナーの次元であるから、「起立・斉唱」せよ、という主張です。

 「日の丸・君が代」の歴史と学習指導要領と通達の法的拘束力の範囲、教育の自主性、信教の自由、思想・良心の自由を理解しないものの言動です。

 以上の2点について、「日の丸・君が代」強要派は執拗・陰湿に何とかして「起立・斉唱」させとうとして強権的な行動と何か理論めいた詭弁で国民を統制し、子供と国民世論を道具にして、上意下達の社会を実現しようと必死ですね。

 われわれは下からの教育改革運動を態度と理論を一致させて、推し進めながら、自民・公明議員と石原都知事を落選させる運動を盛り上げていこうではありませんか。
東西南北
2006/10/03 03:03
東西南北 さん コメント有難うございます。
認識は一致しているようですね。
右傾化しつつある中、どうするべきかと言う問題ですね。
飯大蔵
2006/10/03 14:30

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