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靖国神社荷関連して「合祀は出来るが分祀は出来ない」、とか「なぜなら靖国の英霊は一つの座布団に居るから」(一座と言うことなのか)と言われる。この合祀、分祀と言う言葉がどうも良く分からないのだ。 gooで検索してみると、靖国の分祀論と明治時代の神社合祀が出てくる。靖国の方はよく言われているから別にして神社合祀の方に注目したい。 明治政府は官幣神社と称して神社の体系化を行った。天皇家由来の神社を最高峰にして土地に由来する神社を最下位にするもので神社が非常に多かったので、統合を行った。その際廃止された神社を別の神社に「合祀」したものだ。検索には南方熊楠がよく出てくる。南方熊楠の手紙、ここから引用 「…そもそも全国で合祀励行、官公吏が神社を勦蕩(そうとう)滅却せる功名高誉とりどりなる中に、伊勢、熊野とて、長寛年中(1163-1165)に両神の優劣を勅問ありしほど神威高く、したがって神社の数はなはだ多かり、士民の尊崇もっとも厚かりし三重と和歌山の二県で、由緒古き名社の濫併(らんべい)、もっとも酷く行なわれたるぞ珍事なる。すなわち三重県の合併はもっともはなはだしく、昨年六月までに五千五百四十七社を減じて九百四十二社、すなわち在来社数のわずかに七分一ばかり残る。次は和歌山県で、昨年十一月までに三千七百社を六百社、すなわち従前数の六分一ばかりに減じ、今もますます減じおれり。かかる無法の合祀励行によって、はたして当局が言明するごとき好結果を日本国体に及ぼし得たるかと問うに、熊楠らは実際全くこれに反せる悪結果のみを睹(み)るなり。続いてHPでは 上司の意に迎合せんとする地方官吏は飴とムチを使って村民を誘導し、闇雲に合祀の数を競った。廃社となれば境内の神木が売り払えるということで、ことさらに巨樹の残る神社を破却する欲得づくのスキャンダルも続発した。神社合祀はのちに、神道国教化と天皇制国家主義の確立に向けた地域信仰の弾圧等と評されているが、実際に和歌山などで行われた神社合祀はもっとデタラメなものであり、皇室に縁のある神社であっても容赦なく、地方官吏や神官らの私利私欲のために潰されていった。政府が意図した効果をあげる以前に、「神社合祀令」は既存の地域共同体の破壊と人情の荒廃とに大きく貢献してしまったのである。南方熊楠は神社合祀の弊害を八箇条にわたってあげ、論難している。とある。 明治政府は神道振興のため仏教と分離をし、地域に密着した神社を数多く廃止をした。これが宗教弾圧であることは明確だ。それも神道の一部の弾圧なのだ。 またいろんな神社の案内にこのようなものがある。 冨士神社 鎮座地:福井市種池町13-32-14合祀したが分離独立もしたようだ。祭神は複数だ。これも合祀なのだろうか。もう一つ 長袋神明神社 神社の合祀は普通に行われていたことのようだ。神社が分かれるときに分祀と言う言葉はお目にかからない。このような概念はないのかもしれない。ただ合祀の意味は同じ神社に神様を祀ることであって、神様の名前は追加され、列記されるのみだ。分離される時には神様ももとの神社に戻るだけのことだろう。 神道における神様は天孫系の神様、国の神様、そして木や山を御本体とするものなど様々である。しかし神様には各々名前がある。 貴人などを神様にした例も多々ある。古くは菅原道真、太閤、大権現など。近代でも明治天皇、乃木大将、東郷大将など。いずれも主祭神だ。 なぜ靖国神社では一座に合祀されるのだろう。その理由がいまだに分からない。(実は頭には浮かんでいるのだが、とても恐ろしくて書けないのだ。) |
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引越し業者見積もり、手続き一覧、荷造り方... 2007/05/07 17:40 |
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ここの場合と靖国神社への戦犯合祀とは、少し意味がそれているような気がします、明治の合祀政策は廃仏毀釈からきており、天皇崇拝=神道により江戸時代には神仏和合で明治までは神と仏との境界が曖昧であった、理由は家康による宗教支配の為に寺社奉行なる役所があり、その為曖昧になっていた、では何故家康はそこまで宗教支配にこだわった?信長と本願寺勢との戦いと自身も本願寺勢に三河時代に苦しめられたからである、宗教戦争の恐怖を体感したからで日本人が無宗教民族である幸せは、信長時代からの功績だと思う無宗教な民族は世界的稀な民族だと思う、でも無宗教とは無秩序の意味ではなく偏った宗教心が無いだけで今でも日本人は正月には神社に初詣もするしクリスマスもするし死んだ時は葬式に仏の戒名も貰う即ち何色にも染まる民族なのであって偏った宗教心が無い為に争いが無い(民族同士での)しかし中世までは其れが存在したが信長が大鉄槌を下してから、歴史が動いたと言って過言ではない。 |
こころ 2006/09/01 23:00 |
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